お茶にしましょうか

□Scene 14
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「江波くんも練習ですか?」

「…萩原さん、も、ですか?」



彼女は、大きく頷く。

そして、彼女は今「も」と言った。

今の彼女の発言で、ようやく繋がった。



先程まで聞こえていたものは、彼女と愛人 リョウさんの奏でる音色だったのだ。

彼女は学校の文化祭で行われる、有志ステージに出場するらしい。

いつかに公園で少し話した翌日に、彼女から直々に報告があったのだ。

彼女は、実に躍動的だ。



「あれ程悩んでいた私でしたが、よく思えば…練習はどこでも出来ますよね!」



やはり強い人だ。

どうして俺の周りには、これ程にも出来た後輩が多いのだろう。

感心する半面、情けなくもある。

本当に皆、しっかりとしている。

特に、彼女のこの様な場面には、何度出くわしたことか。



「それでは、さようなら。」



彼女がお辞儀をして、微笑む。

俺も頭を下げる。

すると、彼女は向きを変えて歩き出した。

その背中を見つめていると、何かを物足りなく思った。

無言で別れの挨拶は、あまりにも無いだろうと、慌てて言葉を探す。



「あの、気を付けて…!」



彼女の背中に向けて、咄嗟に叫んだ。

正しくは、大きめな声を出し言った、だ。

これで聞こえていなければ、俺はとても恥ずかしい奴となる。

そう心配していた俺だったが、気にする必要は無かった。

彼女はその場で振り返ると、照れ臭そうに微笑んでくれたのだ。

俺はその後には、何も言えなかった。

改めて、駆けていく彼女の姿を見送った。



「先輩。彼女っすか?」

「ちっ、違う…!」

「あれ、4組の人っすよね。」

「し、知らん…!」



彼女が何組であるか、なんてことも俺は何一つ知ってはいない。

しかし、後輩のこいつは知っていた。

つまりは、こういうことか。



「お前、もしかして…は、萩原さんと同級生か?」

「はい。そうっす。」



何ということだ。

これ程近くに、深海魚の君と関連する人物が居たとは、全く知らなかった。

俺はしばらく、呆気にとられていた。



「ちょっと、あんた達。バット、ちゃんと倉庫に戻しといてよ?みんな、もう帰る準備始めてるわよ。」



次に現れたのは、幼馴染のマネージャーだった。

その表情は、非常に不機嫌そうである。

よくよく思えば、いつものことか。

そして、マネージャーが俺の方へ徐々に歩み寄ってきた。

そう思った、次の瞬間である。



「私、じれったいの嫌いなの。わかっているでしょう?」

「…は?」



しばらく俺は、理解できていなかった。

後輩も俺の隣で、同じ様な顔で居る。



「もう付き合っちゃいなさいよ。」

「え…?俺と江波先輩が、っすか?!それは流石に―

「違う。」「あんた、何言ってんの?」



俺には、幼馴染の言いたいことがわかってしまった。



「まあ、私にはどうだっていいんだけど。」



幼馴染は、そう言い残し去って行った。



「そんな…どうにもならんだろ…」



誰も待っていない答を、一人で小さく呟いた。

そのような俺を、不思議そうな目をして、後輩が見ている。

そりゃ、どうにもなる筈がない。

俺は出来るだけ思い出さないようにしているが、是非、思い出してもみてほしい。

あのような出会い方だったのだ。

深海魚の君は、俺をどう思っていることか。

考えてもみてほしい。







Scene 14 躍動する若人たち
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