お茶にしましょうか

□Scene 14
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今日も俺は、机には向かわないでいた。

なぜなら、今は進路の面接練習期間だからだ。

3年生の棟の教室は、ほとんどが使用することが出来なくなっていた。

面接の練習は、出席番号の順となっている。

俺は2日も前に、ようやく済んだばかりだ。

早いところ、家に帰って勉強をするべきなのだろうが、どうにも気が乗らない。

帰ったとしても、塾には行っていないため、俺は自室の布団の上で怠惰に昼寝をするだろう。

そのようなことは嫌だ、と思った。

そのような俺が選んだ行動は、他にはたった一つしかなかった。

俺は今、グラウンド内に居る。

もう少し細かくして言うとすれば、バットを握って、グラウンドの隅で素振りをしている。

懐かしく感じるバットを握る感触は嬉しく、堪らなかった。

久しぶりの感覚に浸っていた時、左側前方から声がかかる。



「江波先輩!」



その声は、部活の後輩の者であった。



「今、大丈夫っすか?俺のスウィング、見てください!」



こいつの姿を見て、よく思うことがある。

俺も、先輩に甘えておくべきだった、と今になって後悔している。



『おい、江波。お前、もっと先輩を頼ってくれたって、よかったんだぞ。』



頭の中から、懐かしい声が聞こえた。



「江波先輩?どうしたんすか?」



この場に存在する、現実の声に引き戻される。



「あ…いや、すまん。スウィング、見せてくれ。」

「ありがとうございます!!」



満面の笑みを浮かべる後輩につられて、つい笑ってしまう。

相変わらず、こいつは生き生きとした顔でよく笑う。

同じポジションだった後輩なのだが、俺はとても良い奴だ、と思っている。

割と仲も良い方だ。



「いきます!」

「おう。」



後輩が、勢いよくバットを振る。



「…悪くはないが、フォームに意識がいき過ぎて、振り抜けていないぞ。」

「つまり、格好をつけるな!って、ことっすね!!」

「ん?お、おお。そうだな。」

「格好悪くても頑張る方が格好いい、ってことっすね!!」

「なるほど。それは、名言だ。」

「それ、本当に思っていますか?先輩!」



こいつは、非常に話し方が巧みだ。

これだけ人を楽しませることが出来るのは、こいつの得手である。

プレイでは、いつも見ている方は、気が気ではないのだが。

お互いに笑い合っていると、微かにだが、何かが聞こえた。

それはどこかで聞き馴染のある、心地の良い声の様なものであった。

それは、後輩を指導している間、絶え間なく響いていた。






「ありがとうございました!」

「あまり気の利いたことを、言ってやれなくて、すまない。」

「いえ!そんなことないっすよ!為になるっす!先輩のスウィング見るだけでも、勉強になりますよ!」



俺と違って、こいつは本当に気の利く後輩だ。

指導を一通り終え、体を動かしていないからか、気が緩む。

すると、不意に声の様なものが、聞こえなくなっていることに気づく。

まるで、その代わりというかのように、しっかりとした声が聞こえた。



「江波くん、お疲れ様です。」



声のみで誰であるか、ということが瞬時にわかった。

非常に驚いた。

彼女がまだ学内にいるとは、思ってもいなかった。

ここ最近、彼女がすぐに帰宅している姿を目撃してばかりだったからだ。

俺の目線を、上の方へと持っていく。

肩には、黒いケースを担いでいる。

中身は間違いなく、リョウさんであろう。

やはり、彼女だ。

深海魚の君が、そこに立って居た。
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