羊かぶり☆ベイベー

□Seven sheep
15ページ/16ページ




目の合った人物が、喫煙スペースから出てくるのが分かった。

冷や汗が出る。



「みさおちゃん。お疲れ様」



呼び止められて、当然、無視する訳にはいかない。

私は可笑しな顔にならないよう、努めて平静を装い、振り向いた。



「……あ、ユウくん。お疲れ様」



しまった。

完全に油断をしていた。

事が起こってから思っても、もう遅い。

吾妻さんと、もっと距離を空けて、歩いておけば良かった。

何を思っても、もう遅い。

ユウくんの顔を見れば、いつもの彼からは感じたことのない、強い感情が伝わってきた。

表情には出ていないものの、分かるのは穏やかではないただならぬ様子だ。

いつもとは違う雰囲気。

そうでなければ、今もこうして飛び出すように現れないだろう。



「今、帰り?」

「あ、うん」

「そっか」

「ユウくんは?」

「1本吸ったら、帰ろうと思ってたとこ」



会話が途切れても、ユウくんはそこから動かない。

何か、言われるのかもしれないと、察する。

もしかしたら、一緒に帰ろうと言われるのかもしれないし、もしくは──。



「ところで……今、一緒に歩いてた人は、同じ部署の人? あんまり見ない人だけど」

「あ、えっと……」



嫌な予感が的中した。

探られているのだ。

吾妻さんの居る方を見ると、少し離れたところで立ち止まっている。

気を遣って、先に行こうとしていたのだろう。

それなのに、私がユウくんと話す様子を窺いながら、戻ってきてしまった。



「遅くまでお仕事、お疲れ様です」

「……どうも」



不自然な程、にこやかな吾妻さんと対照に怪しんでいるユウくん。

──吾妻さん、一体、何を考えているの……。

すると、吾妻さんはスーツのジャケットの胸ポケットから、名刺入れを取り出した。

そして、その中から1枚、名刺を差し出す。



「私、こちらで産業カウンセラーをさせて頂いております、吾妻と申します」



吾妻さんは名刺を、ユウくんの方へと押し付けるように、更に差し出した。



「よろしければ、お名刺だけでも受け取っていただけると……」



吾妻さんの営業スマイルに、根負けした本職営業であるユウくんが渋々、名刺を受け取る。



「……営業部の繁田です」

「ありがとうございます」

「ちなみに、うちの『伊勢』とは、どんな関わりが?」



あれ? ユウくんって、こんなに嫉妬深い人だったんだろうか。

これも、私が知らなかっただけなのか。

声のトーンが、やや低い。

それよりも、私は吾妻さんが余計なことを言わないか、ヒヤヒヤする。

心配して吾妻さんに視線を送ると、吾妻さんはにこりと笑った。



「私の行きつけのお店で、偶然、何度かお会いしてたんですよ。そうしたら、委託されてやって来た、こちらの会社さんで再会した、それだけです」

「『それだけ』と言うなら……今、随分、親しげに歩いていましたが?」

「ああ。これから、そのお店に行こうという話になりまして」



──そ、それ以上は止めてー!

今日のところは、店長のお店の話は無かったことにして、解散の流れにもっていってくれたら良いのに。

案の定、ユウくんがカマキリの様に、ゆっくりと私を見る。



「それ、本当の話?」

「う、うん」



ユウくんは私の返事に対して、不服そうにする。

そして、吾妻さんへ、また向き直った。

彼の視線が完全に私から外れてから、吾妻さんへ私の微力な目力で念力を送る。

──どうしてくれるの!
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ