羊かぶり☆ベイベー
□Seven sheep
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目の合った人物が、喫煙スペースから出てくるのが分かった。
冷や汗が出る。
「みさおちゃん。お疲れ様」
呼び止められて、当然、無視する訳にはいかない。
私は可笑しな顔にならないよう、努めて平静を装い、振り向いた。
「……あ、ユウくん。お疲れ様」
しまった。
完全に油断をしていた。
事が起こってから思っても、もう遅い。
吾妻さんと、もっと距離を空けて、歩いておけば良かった。
何を思っても、もう遅い。
ユウくんの顔を見れば、いつもの彼からは感じたことのない、強い感情が伝わってきた。
表情には出ていないものの、分かるのは穏やかではないただならぬ様子だ。
いつもとは違う雰囲気。
そうでなければ、今もこうして飛び出すように現れないだろう。
「今、帰り?」
「あ、うん」
「そっか」
「ユウくんは?」
「1本吸ったら、帰ろうと思ってたとこ」
会話が途切れても、ユウくんはそこから動かない。
何か、言われるのかもしれないと、察する。
もしかしたら、一緒に帰ろうと言われるのかもしれないし、もしくは──。
「ところで……今、一緒に歩いてた人は、同じ部署の人? あんまり見ない人だけど」
「あ、えっと……」
嫌な予感が的中した。
探られているのだ。
吾妻さんの居る方を見ると、少し離れたところで立ち止まっている。
気を遣って、先に行こうとしていたのだろう。
それなのに、私がユウくんと話す様子を窺いながら、戻ってきてしまった。
「遅くまでお仕事、お疲れ様です」
「……どうも」
不自然な程、にこやかな吾妻さんと対照に怪しんでいるユウくん。
──吾妻さん、一体、何を考えているの……。
すると、吾妻さんはスーツのジャケットの胸ポケットから、名刺入れを取り出した。
そして、その中から1枚、名刺を差し出す。
「私、こちらで産業カウンセラーをさせて頂いております、吾妻と申します」
吾妻さんは名刺を、ユウくんの方へと押し付けるように、更に差し出した。
「よろしければ、お名刺だけでも受け取っていただけると……」
吾妻さんの営業スマイルに、根負けした本職営業であるユウくんが渋々、名刺を受け取る。
「……営業部の繁田です」
「ありがとうございます」
「ちなみに、うちの『伊勢』とは、どんな関わりが?」
あれ? ユウくんって、こんなに嫉妬深い人だったんだろうか。
これも、私が知らなかっただけなのか。
声のトーンが、やや低い。
それよりも、私は吾妻さんが余計なことを言わないか、ヒヤヒヤする。
心配して吾妻さんに視線を送ると、吾妻さんはにこりと笑った。
「私の行きつけのお店で、偶然、何度かお会いしてたんですよ。そうしたら、委託されてやって来た、こちらの会社さんで再会した、それだけです」
「『それだけ』と言うなら……今、随分、親しげに歩いていましたが?」
「ああ。これから、そのお店に行こうという話になりまして」
──そ、それ以上は止めてー!
今日のところは、店長のお店の話は無かったことにして、解散の流れにもっていってくれたら良いのに。
案の定、ユウくんがカマキリの様に、ゆっくりと私を見る。
「それ、本当の話?」
「う、うん」
ユウくんは私の返事に対して、不服そうにする。
そして、吾妻さんへ、また向き直った。
彼の視線が完全に私から外れてから、吾妻さんへ私の微力な目力で念力を送る。
──どうしてくれるの!