羊かぶり☆ベイベー
□Seven sheep
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「それは、懲りずにカウンセリング、来てくれる、ってこと?」
「それ以外に、何があるんですか」
すると、吾妻さんの表情は、少しずつ安堵に変わっていく。
そして、息を吐き出した。
「俺が原因で、せっかく頑張ってる、みさおさんの気持ちを挫けさせてしまっていたら、どうしようって、ずっと考えてた」
「私なら大丈夫です。ある程度のことは、寝て忘れますから」
吾妻さんとの、あの事だけは水に流す。
考えても、仕様の無いことだから。
それ以外のことは、私の背中を押す、ちゃんと私の為になる、助言や慰め、癒してくれた大切な時間。
忘れるなんて、勿体無い。
「そっか……ありがとう。本当に優しいね」
「いえ」
本当に、そんなことはない。
私の自分勝手な考えだ。
臭いものには蓋をする原理。
やっぱり考えたって、仕様が無いから。
それなら考えることも、思い出さないようにするために、誰の口からも、その話題を出させなければ良いだけ。
記憶を薄れさせたい、という自己防衛本能で「平気」と言っているだけだ。
申し訳なさそうに謝り続ける吾妻さんの話に、ようやく切りがつき、ほっとする。
しかし、そう思ったのも束の間。
吾妻さんの口が動いた。
「みさおさん。良かったら、この後……壮の店、行かない?」
「え。一緒にですか?」
「そりゃ、そうでしょ。そこで、せめてものお詫びに、鉄板焼きを奢らせてください。やっぱり言葉じゃ、足りないというか、本当にこれからも来てくれるのか、心許ないというか……」
自ら、奢ると誘って、不利なのは吾妻さんの方であるのに、何故か懇願してくる姿は、実に不思議だ。
でも、私の相談事の結末を、最後まで責任を持って、見届けようとしてくれているのだろう。
カウンセリングルームの外で、意図的に会うなんて本来、この関係性では有り得ないことだが。
たった今、誘われているこの瞬間は、吾妻さんの中では違うんだ。
きっと、今は「友達」として、誘われているんだ、私。
そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが、軽くなった気がした。
「もし、無理なら無理って言ってね」
「いいえ。行きます。でも、私、鉄板焼きよりも久しぶりに、店長おまかせのカクテルが飲みたいです」
「承知しました。お嬢様の仰せのままに。今夜は、何でも奢らせていただきます」
「何ですか、それ」
冗談を楽しめる余裕が、徐々に私にも出てきた。
久しぶりに、店長の見ても楽しい、ハイセンスなカクテルが飲めると思うとワクワクする。
舞い上がった気持ちのままで、吾妻さんの半歩後ろを歩き、1階へ降りた。
廊下を進んで、出入口へと向かう。
その途中に、全面ガラスの禁煙スペースがある。
普段はあまり気にしないのだが、今日は何となく、そこへ目が行った。
──今日は、やたら人が多いな。
普段は居ても1人や2人くらいなのに、今日は珍しく狭い空間に、5人も集まっていた。
横目で少し見たくらいだった。
そのくらいだったのに、その内の1人と目が合ってしまった。
見た瞬間に、その人物の正体が分かってしまって、私という奴は、なんて運が悪いのだろう、と後悔する。
そこには、営業部が集まっていたのだ。