羊かぶり☆ベイベー

□Seven sheep
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「……ありがとうございます」



私の素直な感謝の言葉に、吾妻さんが微笑む。



「……吾妻さんこそ、こんな遅くまで今日は残っていたんですか?」



カウンセリングルームは普段のこの時間なら、閉まっていることが多い筈だ。

私は率直な疑問を尋ねた。



「うん。いろんなクライアントさんのことを整理してた」

「そうですか……」



不器用な私は、この後の会話の続け方を見つけられず、つい黙り込んでしまう。

すると、フォロー上手な筈の吾妻さんが、こちらに物憂げな目線を向けた。



「あの、みさおさん」

「はい……」

「この前は、本当に、申し訳なかった、です」



吾妻さんからの言いにくそうに動く口元から出た、唐突な謝罪に思わず、気持ちが身構える。

忘れていたわけではない。

あの時の状況が、頭に映像で甦る。



「あ、いえ。あの……」

「俺、どうかしてた」

「もう、平気ですよ。あの時は、びっくりしましたけど……」



私は苦笑いで返す。

本当は、平気なんかじゃないけれど。

今でも胸がドキドキと暴れまわっていて、平常心では居られないくらいだから。

途切れ途切れのやり取りが続く。

普段の私たちでは珍しいと思う。

その上、吾妻さんは、落ち込んだ表情を変えようとしない。



「今日も、あの旅行のことがあったから、来てくれないんだと思って。心底、反省してます……」



そして、吾妻さんは深く頭を下げた。

その体勢から、一切動こうとしないので、私も慌てふためく。

こんなところ、誰かに見られたら恥ずかしい。

これでは、まるで私が弱味を握って、吾妻さんに圧をかけている様に見えるかもしれない。

辺りを見渡して、誰も居ないことを確認する。



「本当にもう、いいですから。私、分かってますから」



私がそう言うと、吾妻さんが少しだけ顔を上げる。



「分かってます。見た目も言動も、やることも軽いですけど、本当の中身は、とても人情味に溢れた優しい方だって」

「え……?」

「あの時だって、いつまでも、はっきりしない私の代わりに、怒ってくれたんですよね?」

「いや、それは……」

「そういうことに、しておいてください」



──じゃないと、怖い……。

駄目だと散々、注意された感情が、また、どんどん沸き上がってきそうで。

ほぼ強制で、吾妻さんを納得させた。

その為、吾妻さんは無言のまま、腑に落ちない表情で居る。

そんな彼の名前を呼んだ。

いつも私の不安を拭い去ってくれる、吾妻さんへのお返しに。



「本当に、大丈夫です。私、何度も言ってますよね? 吾妻さんには、感謝してるんです」

「……うん」

「彼とのこと、ちゃんと考えて、答を出さなきゃって思えたのも。素直になって、羊みたいな私の性格を改めないと、って考えさせられたのも」

「だから、みさおさんは十分、自力で変われてるってば」



相変わらず、吾妻さんはそこを譲ろうとしない。

毎回、謙遜をする。



「もう……何回、同じことを言い合ってるんですか? 私たち」



呆れて、つい笑ってしまう。



「出来れば、人を前向きにさせてくれる、物凄いパワーを持っている吾妻さんに、もう少しだけお世話になりたいんです。駄目ですか」
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