羊かぶり☆ベイベー
□Seven sheep
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向かうのは、いつものあそこ。
いつも吾妻さんが、人懐っこい笑顔で迎えてくれる場所。
階段を駆け上がり、2階の廊下に飛び出した。
一番奥の部屋を遠目で確認すると、扉の曇りガラスから光が漏れているのが見えた。
──まだ、居る。
私の予約時間は、とうに過ぎている為、カウンセリングはしてもらえないだろう。
それでも、せめて謝罪だけはしておきたい。
この前の旅行のこともあって、吾妻さんに気まずがられて、素っ気なくされたとしても、それはそれで仕方が無い。
私が寂しく感じてしまうだけのこと。
でも、きっとあの人に限って、そんな態度をとる確率はかなり低いと思う。
そう思えるのは、以前にも似たようなことがあったとき、避けるどころか、ちゃんと目を合わせて、迎え入れてくれたから。
店長のお店で私が嫌な態度をとってしまった、その直ぐ後、店長から吾妻さんのカウンセリングルームの名刺を貰って。
ユウくんがあの女の子と居るのを見て、自身の弱点を自覚して。
そして、このカウンセリングルームに足を踏み入れるきっかけとなる、電話をした。
そのときには、むしろ、こちらを気遣ってくれた。
私のことを嫌になって、突き放したりせずに、温かく迎え入れてくれていた。
何も恐れることはない。
あの人だから。
私が少しだけでも勇気を出して、私から歩み寄る努力さえすれば、きっと大丈夫な筈だから。
信じて、自分に言い聞かせて、部屋の方へ心の準備を兼ねて、ゆっくり進む。
すると、あと数歩でドアノブに手が届きそう、というところで部屋の中の電気が突如、消えた。
──あ、もう帰ってしまう。
そう思ったとき、扉は開いた。
部屋からは、吾妻さんが1人出てきただけだった。
出たきた瞬間、吾妻さんは少しうつ向いているように見えた。
鍵をかけようとしている。
久しぶりに姿を見たら、動揺してしまい、何と声を掛けたら良いのか、軽く混乱状態に陥る。
そうして私が金魚の様に口をパクパクさせている間に、先に吾妻さんの方が、私の存在に気付き、目が合ってしまった。
「うわぁ! びっくりした!」
相当、驚かせてしまったようで、吾妻さんは少し飛び上がる。
「居るなら、言ってよ〜。今、口から心臓出たかと思った」
「す、すみません……」
驚きの余韻を引き摺る吾妻さんは、苦笑いしている。
そして、改めて扉の鍵をガチャンと締めた。
その鍵の束をスラックスのポケットに突っ込むと、私を見る。
やっぱり、ほら。
また、しっかりと視線を合わせてくれる。
その表情は変わらず穏やかだが、いつもより明るさが翳っているようにも見えた。
「今日は、残業になっちゃった?」
「あ……」
「お疲れ様」
私が悪いのに、優しく声をかけてくれる。
その優しさが尚更、申し訳ない気持ちを膨らませていく。
「あ、吾妻さん。今日は本当に、すみませんでした。何の連絡も入れずに、私……」
「え? 電話入れてくれてたじゃん。ごめんね。俺も出られなくて。他の人のが入っちゃってたから」
「お仕事中、出られないのは、当然です」
「じゃ、お互い様だ。大丈夫。気にしないで」
この人の優しさって、どこから来てるんだろう。
初めて会ったときは、ただの軽い男の人だとしか思えなかったのに。
あの頃の吾妻さんから、本人自体は何も変わっていないのに。
私のこの人に対する捉え方が、変わってしまったんだ。