羊かぶり☆ベイベー
□Three sheep
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吾妻さんに言われた通りの時刻に、2階の一番奥の部屋までやって来た。
扉を見ると、そこには「カウンセリングルーム」と確かにプレートが掛けられている。
本当に、ここに吾妻さんが居るのかと思うと、不思議な感じがする。
ノックをしようかしまいか、ソワソワしていたところに、背後から足音が聞こえてきた。
革靴の高い音。
足音の方を振り返ると、見慣れた吾妻さんが立っていた。
居酒屋のリラックスした空間の中に居る姿しか知らない人が、何故か、本当に私の会社に居る。
違和感しかなかった。
吾妻さんは、ハンカチで手を拭いている。
休憩から戻ってきたのだろう。
「おっ、みさおさん。こんにちは」
「こんにちは……」
「カウンセリングまで、まだ時間もあるし、どうぞ中に入って寛いでてください」
そういって、吾妻さんが先に入り、扉を押さえてくれる。
「失礼します……」
「みさおさん」
「はいっ」
不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねた。
そんな私を見て、吾妻さんが何故かしら笑う。
「そんなに緊張しなくていいよ。何も取って食うような真似はしないから」
思わず、目を見開く。
正解、まさに私は今、かなり緊張している。
吾妻さん相手に何を、と我ながら思うけれど。
確かに私の表情、態度や話し方、何もかもが分かりやすかったかもしれない。
そんな私の心を汲み取ってくれた。
そう思うと、だんだん照れ臭くなってくる。
「で、でも、以前、吾妻さんに家まで送っていただいたときには、微妙なことを言われました」
「実際、何も無かったでしょ! 相変わらず、信用無いなぁ」
「……前よりは信用するように、努力してますよ」
「え」
「じゃなきゃ、こんな風に連絡しようなんて、思う訳ないじゃないですか」
私がそう言えば、吾妻さんは少し目を見開いて、赤くなった。
「え。何ですか」
──変な顔して。
「いや、それ、こっちの台詞! みさおさん、なんで今日に限って、そんな素直なの?!」
「素直じゃ、駄目ですか……」
ますます恥ずかしさが込み上げてきて、真っ直ぐに吾妻さんの顔が見られなくなる。
私が顔を背けると、吾妻さんはまた私にソファーへ座るよう促しながら、呟いた。
「駄目じゃないけどさ……」
それ以上は何も言わず、私の正面に吾妻さんも腰掛ける。
「……さて、時間も来たことだし、早速始めましょうか」
純真そうな微笑みに、どきりと胸が鳴る。
どうかしてる、本当に。
吾妻さんの前では、彼の言い方を借りれば「素直」になれてしまう。
これを発揮すべきなのは、ここじゃないことくらいは、もちろん分かってる。
分かりきったそのことを、どうにかするために、吾妻さんの力を借りたくなった。
「では、初回ということで、インテーク面接していきますね」
「インテーク面接?」