BL

□五月
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○1





 五月に入り、初めての朝のSHR。意外にも、それは坂田先生の真面目な注意から始まった。


「君たちが入学してきて一カ月弱が経過しました。学園にも、多分初めての人が多かっただろう寮生活にもそろそろ慣れてきた頃だと思います」


 先生の第一声を聞いて、明喜がほんの少しだけ背筋を伸ばした。珍しくきちんとした話をしているから、自分もそれ相応の態度で拝聴しようとでも思ったのだろう。
 その逆隣で大樹は眠気に耐え切れず机に盛大な頭突きをかましていたというのに、見上げた奴だ。
 「ふおっ!?」どうやら大樹の眠気は先の衝撃できれいさっぱり失せたようだ。だらしない姿勢を気持ち程度に正していた。


「ですが、気を抜くのはまだ早いですよ。五月は一番だれてきやすい季節ですから、そんなときこそ気を引き締めてやっていきましょう」


 アイデンティティともいえる坂田先生の語尾の間延びもなく、心なしか表情もきりりとしておられる。
 やる気のない担任とばかり思っていたが、こうしてやるときはやってくれるらしい。少し先生への好感度が上がった。


「五月病なんてことにはならずに、“今年の一年生はちょっと違うぞ”ってところを、学園の皆に見せつけてやりましょう」
「はい」
「君の返事は信頼できません」


 せっかく返事をしたのに、即座にそう切り返された。俺はいつの間に坂田先生からの信頼を失っていたのだろう。
 「ごもっともだよな」大株が前で小さく呟いているのが聞こえる。どういう意味だ。


「笑悟の“ちょっと違うぞ”ってほんとに“違う”だろ」
「僕もそう思う」
「明喜、たるんでるぞ」
「人の脇腹つまみながらなんて失礼なこと言うのさ!!」


 「言っておくけど、僕は標準体型だからね!? ちょっと人より筋肉がつきにくいだけなの!」がなる明喜の声を無視していると、思い出したように坂田先生が続けた。


「そういえばゴールデンウィーク明けにうちのクラスに編入生が入ってくることになっていますから、皆さん仲良くしてあげてくださいねー」


 あ、語尾が伸びた。


◆◇


「ごめんね、笑悟くん。手伝ってもらっちゃって」
「気にするな、どうせ暇だったしな」


 気にするなと言っているのに、明喜はそれでも肥料袋を抱えて「ごめんね」とまた小さく謝った。
 俺たちはいま、学園の中庭にある花壇へとやってきた。
 明喜が入っている美化委員会は学園の美化活動の一環としてどうやら園芸部のような活動もするらしく、その仕事を明喜が任されたようなのだった。


「しかし、こんな広い花壇をお前ひとりにやらせるなんてな」
「うーん、いや、一緒にやってくれるはずの先輩がいたはずなんだけど、風邪でお休みしてるみたいでね」
「なるほど」


 豪快に肥料をばら撒き、ざっくざっくとスコップで混ぜ返す。月の初めにはこうして土に肥料を与えているらしい。なんて面倒な委員会なんだ。入れられなくて良かった。
 すでに避難させた花たちは此方の苦労も知らずに暢気に風に揺られている。俺は花の良し悪しはわからないが、多分、綺麗に咲いているのだろう。


「それにしても、どんな人だろうね?」


 俺がひっかけてしまった花の上の土を掬いながら、明喜が上目遣いに俺を見て言った。すぐに朝の編入生の話だとわかった。


「さあな」


 俺にわかるはずもない。軽く受け流すと明喜も俺がその答えを知っているとは端から思ってもいないらしく、特に反応もなかった。
 何処かしみじみとした調子で明喜が続ける。


「変な時期に来るもんだよねえ」
「……言われてみれば、そうだな」


 新入生として入ってくるなら普通だ。長期休みのあとならまだわかる。ゴールデンウィーク明けなんて、奇妙で奇妙でたまらない。
 俺はスコップを花壇に刺して伸びをした。ずっと腰を屈めているのはさすがに辛い。
 まだ春とはいえ、こうも晴れていると汗も滲む。シャツのボタンをひとつふたつ開けて息を吐くと、明喜がほんのりと顔を赤くして俺から目を逸らした。


「なんだ?」
「笑悟くんはそうやって真面目に物事に打ち込んでいるときは凄く格好良いよね。ずっとそうなら良いのに」
「俺はいつも真面目だろう」
「ふざけないで」


 なんて理不尽なんだ。


「仲良くできると良いんだけど」


 釈然としない俺を尻目に、明喜は独り言のように呟いていた。明喜は人見知りの気があるらしく、初対面の人間にはあまり積極的に出られないようなのだ。
 前に「その割には俺にはほぼ最初から遠慮がなかったな」と言うと「君のせいだよね、なんなの?」と意味のわからない罵りを受けた。お前がなんなんだ。

 またスコップを手に取り、黙々と土を耕していく。ころころとした黄土色のもの。腐葉土らしきもの。それら全てが混ざり切った頃、俺は明喜に声をかけた。


「大分、混ざってきたんじゃないか?」
「あ、そうだね。それじゃあ、花を戻しちゃおうか」


 明喜の言葉に頷き、俺は花をひとつ手に取った。……どう戻すんだ?
 隣を見ると明喜は手慣れているようで、手早く花たちを花壇に植え付けていく。
 ……少し穴を開けて、そこに埋めるように花を置いていく、と。手をスコップ代わりに土を掘り返す。ミミズが出てきた。


「あ、ミミズだね」
「ミミズは確か益虫なんだったか?」
「うーん、多分、そうだったかも」


 なら其処らに放り投げておくのは可哀想だろう。俺は別の箇所を掘り返してミミズを埋めてやろうとした、のだが。


「…………」
「……あれ、また出たの? この花壇、ミミズ多いんだね」


 見つめあう俺とくすんだ桃色のにょろにょろした生物――ミミズ。此処にいるなら別の場所に埋めたほうが効率が良い気がする。
 俺はミミズごとその土を埋めた。手のひらの中では小さなミミズがのた打ち回っている。
 また違うところに穴を掘る。


「…………これはさすがに気持ち悪いな……」
「でかっ!!」


 明喜が顔色を青褪めさせて目を剥いている。其処にいたのは太さが五o強、長さは十pはあろうかという特大のミミズだったのだ。


「なに? 笑悟くんはミミズの王様なわけ!? どんだけ掘り返してんの!?」
「掘り返す、度(たび)に其処にはミミズいる」
「詠むな!!」


 結局花壇の作業が終わったのは日がかなり傾いた頃だった。
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