BL

□四月
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○四月十一日(木)





 今日こそは登校日だ。

 ベッドの備え付けの机の上でじりじりと鳴り響くひとつめの目覚まし時計を止める。
 次に枕元で名前も知らないクラシックを垂れ流す携帯電話を手に取り音楽を止めてから、ドアにぶら下げておいた目覚まし時計も止める。
 俺は、寝起きがすこぶる悪い。ふたつの騒音で目を少し覚ましてからもうひとつの騒音を少し離れたところに置いて自分を無理にでも動かさなければ深く眠りに浸かった頭は覚醒しようとしない。
 防音の壁だからこそ出来る芸当だ。
 自宅は薄い壁のため、中学生になったのだから自分で起きられるようになろうと挑戦したところ家族全員に襲撃を受けた。
 いつもは俺を見るたび尻尾どころかケツまでもを振る勢いで喜ぶ愛犬の犬太郎(けんたろう)ですら牙を剥いた。泣いた。

 欠伸を噛み殺しつつ、寝巻を脱いでいく。青のストライプのありふれたパジャマだ。ありふれすぎて他の家で見たことがない。ありふれてなかったのかもしれない。
 脇腹についた跡を軽く撫でる。犬太郎に噛まれた傷だ。今はもう大分薄くなってきたが、それでも未だに消えない。

 シャツを着て、襟を立ててネクタイを首に巻きつける。中学校の制服もネクタイだったから、締めるのはもうお手のものだ。
 襟を正し、ベストを着る。よし、これで良いだろう。
 部屋から出ると、偶然明喜とはち合わせた。味噌と焼けた魚の良い匂いがする。もう朝食は出来ているらしい。
 早速朝食を作ってくれた明喜に礼を言おうと口を開いたところ、それよりも早く明喜が俺に言う。


「……清雲学園の指定のズボンはストライプじゃないよ」


 見下ろすとストライプ柄の下に間抜けな裸足が繋がっているのがわかる。


「…………」


 ズボンを履き替えるのと靴下を履くのを、忘れていた。


◆◇


「笑悟くん、ブレザーは?」
「固苦しくてあまり好きじゃないんだ。出るときにはちゃんと着る」
「そうなんだ。なら良いけど」


 「じゃあ、食べようか」明喜に促されて席につく。
 わかめと豆腐の味噌汁。ほかほかと湯気を立てる白米。鮮やかな薄紅の鮭。綺麗に整えられた玉子焼き。そして湯気は立っているが飲みやすい温度に調節された緑茶。
 修学旅行の二日目の朝に出された食事を思い出した。これであと海苔がついていたら完璧だ。
 海苔はぱりぱりなのが好みだが、あんまりぱりぱりしすぎていると口の中にひっついて剥がすのに大層苦労する。


「そう考えると海苔はなくて良かったな」
「なんの話?」


 明喜の疑問を受け流し、紅鮭に齧(かぶ)り付く。絶妙な油がのった塩鮭はなんとも言えない食欲をそそる。


「……意外と豪快に食べるんだね、笑悟くん」
「そうか? お坊ちゃまは知らんが、一般庶民ならこの程度だろう」
「――ああ、そっか。笑悟くんは僕と同じだもんね」


 「その厭味にもならないくらい整った顔とずれてる行動見てるとそういうこと忘れちゃうんだよね」と明喜。誉められているのだろうか。そこはかとなく貶されたような気がしなくもない。
 白米を掻き込み茶で流し込む。「ゆっくり食べなよ」と注意を受けたがそれも聞き流す。


「まあ、でも美味しそうに食べてくれて良かった。ご飯のお代わりいる?」
「頼む」
「はいはい」


 くすくすと笑う明喜に早々に空になった茶碗を手渡す。明喜は心もち多めに飯を茶碗によそうとぱたぱたと戻ってきて俺に茶碗を渡した。
 まるで良妻と駄目夫か、もしくは賢母と駄目息子の図だ。


「お前は女に産まれていたら引く手数多だったろうに。惜しいことをしたな」
「……嬉しくないんだけど」
「恨むなら母の腹を恨め」
「恨まない。そういう意味で言ったんじゃない」


 しょんぼりと落ち込み、「やっぱりこういう行動がいけないのかな……」とぼやく。わかっているなら直せば良いのに。

 俺と同じ男子高校生が作ったとは思えぬほど明喜の飯は美味く、俺は箸がいつもより進んで早々に食べ終わったが、明喜は食べるのが遅いらしい。だというのに男が食う量は食べるからやたら遅い。
 明喜が食べ終わり、歯を磨いた頃にはそろそろ部屋を出たほうが良い時間帯だった。
 よし行くぞと席を立ち部屋を出る俺に明喜が叫ぶ。


「笑悟くん! ブレザーと鞄っ!」


 忘れてた。


◆◇


「えー、今日からいきなり授業というのも面倒なので、ちょうど外部生もいることだし、今日一日だけは自己紹介を兼ねたちょっとしたゲームをしたいと思います」
「金ちゃんサイコー!!」
「もっと褒めてええ」


 明喜は俺と同じくC組であったらしい。というか交遊関係を考慮されて大体の室員は同じ組同士にされることが多いそうだが、これも入学式の話をまともに聞いていなかった俺の頭にはない情報である。
 クラスは持ち上がり形式で(成績などで多少クラスの昇格、降格などはあるようだが。この学園ではAから順に成績の良い生徒で構成されているのだそうだ)、皆既に仲が良さそうだった。
 ただ、C組は少し特殊なクラスらしく、家柄と成績全てが平均的なものが集まっている代わりに、外部生のほとんどは此処に詰め込められる。俺と明喜の他にあとふたりの外部生がいた。
 恐らくそれで成績の数値的な平均を少しだけ底上げしようという学園の思惑なのだろう。

 C組の担任(これも余程のことがなければ担当が変わることはないそうだ)は何かとやる気のない男で、しかし生徒たちには人気があるようだった。


「あの……、ゲームってなにやるんですか?」
「どうしよっかー」


 そして何故か今、俺たち外部生は教卓の横にふたりずつ、クラス内の生徒たちに顔を見せるような形で椅子に座らされていた。
 此処は小学校によく見られる悪ガキ共を座らせる席じゃないか。勿論、俺は常連だった。

 明喜がおずおずと聞く。担任の坂田(さかた)金太郎(きんたろう)先生はやはりやる気のない返事をする。
 坂田先生ごしに見えたふたりの外部生。ひとりは茶色の自分の髪をいじっていて、もうひとりは椅子でウィリーをしていたがバランスを崩して椅子ごと倒れていた。


「花坂くん、大丈夫ですかー」
「野球拳しようぜ!」
「せんせー、花坂くん、頭が元々大丈夫じゃないです」


 本当に心配しているのかしていないのか、坂田先生が声をかける。倒れた生徒――花坂(はなさか)は全くダメージを受けていないようでむくりと起き上がると意味のわからないことを喚き出した。
 隣の茶髪の生徒――大株(おおかぶ)はやはり髪の毛をいじりながら言う。花坂とは知り合いだったのだろうか。やけに遠慮がない。


「よし、じゃあ、野球拳にしようか」
「ひゅうううっ!」
「良いぞ外部生! 面白そうだ!」
「野球拳ってなにー!?」
「運が悪けりゃ全裸になるゲーム!」


 そしてC組の生徒は無駄にノリが良すぎる。なんなんだ、こいつら。明喜が物凄く嫌そうな顔をしている。こいつだけは絶対に全裸に剥いてやろうと思う。





――――――
 そして始まる野球拳大会。
 ゲームをしている様子はまた拍手文などで公開したいと思います。
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