Silver Sword
□第2章
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武器屋で各々の武器などを調達し、暫く草原で雑魚モンスター相手に≪剣技(ソードスキル)≫の練習をしていた。
「さーて、そろそろ帰らないとマズイか。早く戻んねェと兄貴が心配するし」
時刻を確認したギンが言う。
「あぁ。俺もそろそろログアウトするか」
シンも同じように時刻を見て呟き、右手の人差し指と中指を真っ直ぐ揃えて掲げて真下に振ると、鈴を鳴らすような効果音と共に紫色に発光する半透明の矩形……≪メインメニュー・ウインドウ≫が現れた。
「じゃ、俺も」
ギンも一歩下がって同じように指を動かし、ウインドウを出した。そして一番左下に指先を滑らせて…………
「「は?」」
2人同時に動きを止めた。
「……シン、お前も?」
「っつーことはテメェもか…」
2人は顔を見合わせて動きを止め、もう一度目の前のウインドウをじっくりと見る。
「「ログアウトボタンがねェ……」」
ログインした時にはあったはずの、ログアウトボタンが消滅していた。
「なぁ、他にログアウトする方法ってあったか?」
「…………いや、ねェ。このボタン一つで出来るはずだ。それ以外に『この世界』から出る方法なんて……」
シンはギンの問いに答えながら険しい顔で俯いた。
「って事は、向こう側で誰かに外してもらうのを待つしかねェか…」
「だな。まぁ、お前の方は兄貴も両親もいるし、俺の方だって大丈夫だからそのうち出れるだろ」
「じゃあ、適当に待つか?」
ギンの言葉にシンはそうだな、と頷いて近くの岩に腰掛けた。
ギンも同じように岩に腰掛けると、ウィンドウを操作してアイテムを整理していく。
――――――そして、世界はその在り様を永久に変えた。
突然、リンゴーン、リンゴーンという、鐘のような――――あるいは警報音のような大ボリュームのサウンドが鳴り響き、ギンとシンは驚いて飛びあがり、更にお互いの姿を見て驚きに目を見張った。
2人の身体を鮮やかなブルーの光の柱が包んだ。
この現象が、ゲームの説明書やインターネットで見た≪転移(テレポート)≫である事に気付くまでにおよそ5秒を要し、そして2人はアイテムを使用していない(そもそも持ってすらいないし、本物を実際に見た事だってない)という異常に気付くまでにさらに数秒を要した。
ギンが何だこれ、と言おうとした所で2人の体を包む光が一際強く脈打ち、視界が奪われた。
光が薄れて2人が見たのは美しい夕焼けでも、緑広がる草原でもなく、広大な石畳と周囲を囲む街路樹、瀟洒な中世風の街並み……そして、黒光りする巨大な宮殿だった。
「ここって≪始まりの街≫…だよな?」
「……だと思うけど」
戸惑ったように声もらす2人の周りには既に1万人近くのプレイヤーが集まっていた。
……いや、集まったというよりギンたちと同様に強制テレポートさせられた、というべきだろう。この場合は。
プレイヤーたちは状況がつかめず数秒間黙ったままだったが、やがてざわめきが広がり、次第に苛立ちの色合いも増してきて喚き声が散発し始めた。
「あっ……上を見ろ!」
ふいに誰かが叫び、反射的に誰もが上を見た。
百メートル上空、第二層の底を深紅の市松模様が染め上げていく様を見て、ギンとシンはぞっとした。
その模様はよく見れば【Warning】【System Announcement】という二つの英文が交互にパターン表示されたもので、それを確認して漸く広場のざわめきが落ち着いてきた。
しかし、続いてプレイヤーたちの予想を大きく裏切り、深紅の雫がどろりと垂れ下がってきた。
それはゆっくりとしたたり、落下することなく形を変え始めた。
出現したのは身長20メートルはあろうかという、深紅のフードつきローブをまとった巨大な人の姿だった。
しかしフードの中には空洞だけがあり、顔が存在しなかった。だらりと下がる長い裾の中にも同じく薄暗い闇が広がり、プレイヤーに言い様のない不安感を抱かせた。
それ故なのか囁きがそこかしこから沸き起こるが、それを抑えるように巨大なローブの右袖が動いた。
袖口から覗く純白の手袋もまた袖とは切り離され、肉体はまるで見えない。
続いて左袖もゆるゆると掲げられた。顔も肉体も存在しない何者かから、低く落ち着いた、良く通る男の声が響いた。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』