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□密室パラノイア(フリメラ/全2P)
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※前提として2人が不健全な関係なので、苦手な方はご注意下さい




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 フリーセルがクロンダイクに捕らわれ、監視されていた時のこと。
 クロンダイクの姪であるメランコリィは当然のように監視モニターのリモコンを握っていて、暇さえあればフリーセルの様子を眺めていた。しかし初めのうちは面白がっていた彼女も、1日、2日と時間が経過するごとに、表情に苛立ちを募らせていった。
「つまらないですわ」
 とうとうメランコリィがそう口にしたのは、彼の軟禁生活が3日目に入ろうとした頃だった。
 彼女が退屈に思うのも無理はない。フリーセルはベッドの上に横たわって、虚ろな目でペンダントを見つめるばかり。起き上がることさえなく、用意されたパンや水にもいっさい手を付けないのだ。
 メランコリィは、抗議するようにホイスト――暫定的にフリーセルの管理責任を負っている、彼を見た。
「フリーセルったら、全然動かないんですもの。まるで屍ね。自殺でもする気なのかしら」
「そうですね――このままでは衰弱する一方です。強制手段を取ることもできますが」
「必要ありませんわ。今はまだ」
 そう言うとメランコリィはモニターの電源を切り、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「部屋のロックを解除してちょうだい。私が行きますわ」
「そう言われましても、メランコリィ様の身に何か起きた場合、クロンダイク様から叱責を受けるのは私になるのですが」
「いいから言う通りにしなさい、ホイ。どうせ何もできませんわ。彼、何日も食べていないんでしょう?」
「はあ……」
 ホイストが、呆れたように溜め息をつく。メランコリィが何を考えているのか彼には分からなかったが、彼女の機嫌を損ねるのも面倒だった。要求を断れば、その次は彼女があれが気に入らないこれが気に入らないと延々難癖をつけて、ホイストをうんざりさせる作戦に出るのは明白だ。
 もちろん普段のホイストなら、そんな子供じみた腹いせに左右されることはない。しかし、今のホイストにとって――フリーセルがファイ・ブレインとして覚醒するのを見届けたホイストにとって、いずれ裏切るクロンダイクやその姪の身など、案ずるに値しないものだった。言ってしまえば、たとえ彼女が殺められるようなことがあっても、せいぜい多少シナリオが端折られる程度の話でしかない。それでも構わない、そうホイストは思ったのだ。
「……本当に宜しいのですね?」
「ええ」
 彼女の返事を聞くと、ホイストは電子端末を取り出し、うやうやしく部屋のロックを解除した。




 ――もう何日こうしているだろう。フリーセルは手のひらのペンダントを見つめながら、漠然と思った。
 初めのうちは感じていた寒さも空腹も、今はもうない。ママは来ない。カイトも。そう考えると、このまま死んでしまってもいいような気分になる。ベッドと必要最低限の調度品しかないこの部屋はどこか母親のそれに似ていて。そんな部屋で孤独に死ぬのが、母親に固執してきた自分には相応しいとさえ思えた。
 そんな、フリーセルが何十回何百回と繰り返してきた思考を遮るように。
 キィ、とドアの開く音がした。
「ごきげんよう、フリーセル」
 静まった部屋に、脳天気な声が響く。この薄暗い空虚な場所には不似合いなほどに甘ったるいその声の主こそ、彼がこんなところに軟禁されている遠因だった。しかしそのメランコリィが部屋に入ってきても、フリーセルは視線ひとつ動かさない。相も変わらず横たわってペンダントを見つめるだけ。彼女の姿など、視界に入ってさえいないのだった。
「フリーセル、おやつの時間ですわよ」
 ずいっ、とメランコリィがフリーセルに顔を寄せる。その手には、プレートに載ったティーカップにポット、それからケーキ。軟禁中の人間に対する差し入れには、あまり相応しいとはいえない代物である。
 天使のような微笑みを浮かべ、メランコリィは楽しそうに言う。
「うふふ。召し上がるでしょう?」
「……」
 無神経なメランコリィの様子に、フリーセルが眉をひそめる。一方彼女はといえば、ようやくフリーセルの関心を得られて嬉しそうだった。
「これ。本当は私の今日のおやつなんですけれど、私の口には合わなかったから、差し上げますわ」
 プレートを差し出され、ちらりと一瞥した。成程、綺麗に一口分だけ削り取ったような跡がある。
「……いらない。そんなことより、僕はカイトに――そうだ、カイト、」
 メランコリィの背後、彼女が入ってきたドアが視界に入る。今なら鍵は開いているはずだ。このまま彼女を振り切ってしまえば外に――いや、彼女を人質にして直接クロンダイクに――そうすれば、
「行かせませんわよ」
 メランコリィは手に持っていたプレートをサイドテーブルに置き、立ち上がろうとするフリーセルの上に、腰を下ろした。ちょうど臍の上に跨がるような格好になる。フリーセルは、これで動けない。
「だーめ。大人しくなさって」
「降りてくれないかい、メランコリィ。君なんかに構ってる暇はないんだ」
 ぴしゃりと言い放つと、メランコリィはむっとした表情になる。
「あなたってば、いつも大門カイトのことばっかり気にするんですのね。 少しくらい、私のお茶会に付き合ってくださってもよろしいんじゃありませんこと?」
 お茶会――マッドハッター。気違い帽子屋。彼女の帽子がそんな連想をさせる。本当に、気でも触れているとしか思えない。今まではこちらを避けていたくせに。拒んでいたくせに。なのに、今更になって求めるようなそぶりを見せてくる。
「もしかして、私が上になるのは初めてじゃありませんこと? なかなか悪くないですわね」
 そう言って、メランコリィはくすくすと意地悪く笑う。
「いつも見下していた私から見下される気分は、どう?」
 ああそうか。いやに絡んでくるのは、支配する側に立ったからか。フリーセルは一人納得する。ならばこの状況は、彼女なりの意趣返しのつもりなのだろう。浅ましい女。侮蔑を込めて少女を見る。
「こわくなんてありませんわよ」
 メランコリィは事もなげに言った。
「だって、今のあなたにはなあんにもできないんですもの。そんな覇気のない眼で睨まれたって、ちっとも怖くありませんわ」
 彼女の言う通りだった。飲まず食わずで朦朧としているこの状態で、脳の活性化もないだろう。切り札は使えない。内心で舌打ちをした。
「さ、紅茶が冷めちゃいますわ」
 フリーセルの上に跨がった格好のまま、メランコリィはサイドテーブルへ身体を伸ばし、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「……この体勢じゃ、飲みようがないと思うんだけど?」
「あら、そういえばそうですわね。あなたが逃げようとするからこうなるんですわよ」
  皮肉っぽく言ってみると、メランコリィは少し考えこむような仕草を見せた。拒絶されたことに気付いているのかいないのか、いずれにせよけろりとしたものだった。
「なら、こうしましょうか」
 メランコリィが、手にしたティーカップを自らの口元に運ぶ。さすがにこの体勢で飲ませるわけはないか、とフリーセルは安堵する。彼に普段のような聡明さが残っていれば、次に起こる展開を予測できたかもしれないのだが――しかしそうはならなかった。




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