フローズンティアラ
□6 桜花
1ページ/2ページ
衣擦れの音が、遠くで打ち寄せる波の音と重なる。
「もっと、近くに」
几帳越しの母の声は、微かに震えていた。
「聖寺へ、向かいます」
跪きそう告げた彼女の一人息子。
「そうか……。儀式の、時が」
差し込む朝日だけでは母の表情は見えず、然れども葵(まこと)にはしっかりと彼女の感情が読み取れた。
女帝としての期待、母としての不安。緊張と、誇り。走り、消える。
「武運を」
それらを呑み込み、放たれた言葉。
沙羅(シャール)妃国沙羅城本丸、女帝が統べるこの国の、一番高い位置にある女帝の間で、後継者沙羅葵は旅の装束に身を包み、出発前の報告をしていた。
千年に一度、三つの海と国の中心に位置する聖寺で行われる儀式。蓮世(レゼーヌ)王国に伝わる氷冠(フローズンティアラ)と印を頂いた生贄がもたらす、絶大な利益を狙うのは、各国の後継者。
「必ず、この国に勝利を」
母上に、栄光を。
出来得る限りの確信と、誠意を込めて再度深く跪く。鼻腔を通り抜ける、祖国の香り。
「失礼致します」
立ち上がる葵の後ろで、襖が静かに開かれる。女帝の口から、母の言葉がこぼれた。
「そなたは……わたくしの、誠(まこと)なのですからね」
帰ってきなさい。
その一言だけで、確信が芽生えるのだ。
「承知」
静かに閉じられた襖の向こう、几帳の陰で流れた涙。
彼女はそっと拭って、その日の職務に戻った。