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気まずい時間を乗り越えて、ようやくリゾットさんは帰ってきた。

時間は12時を周り、もうすぐ13時頃。

手には紙袋を持っていて、私たちの昼食を買いにパン屋まで行ってくれていたみたいだ


上着を椅子に掛け、紙袋の中から一つをギアッチョさんに、私をテーブルへ着くように呼んでからもう一つを私に。自分の分は残してキッチンの方に行ってしまった。

冷蔵庫の扉が開く音がして、暫くするとオレンジのジャムを片手に戻ってきたリゾットさんは
コトリ、とテーブルに置くと

「…甘いのは好きか?」





リゾットはなまえのコーヒーが進んでいないのを目にして、苦手なのかと推測した。

それを踏まえて、パン屋で甘そうなドライフルーツの入ったものとか、クリーム系の物を買ってきたのだ。

普段のリゾットなら絶対に買わないであろう、女子供が好きそうなものをチョイスしてきた。


正直、パン屋でトングを片手にお店の中をうろうろとさ迷う事になるとは思いもしなかったが



予想は当たり。
なまえは甘いモノ好きだったのか

パニーニとスフォリアテッラを選ばせたら、後者を選び嬉しそうに頬張っていた。チーズクリームの入った菓子パンだ。

コーヒーにミルクを混ぜて出したら目を輝かせていた。まるで子供の様な反応だ


ひと目でわかる反応に、リゾットは少し安堵する。




なまえにはなるべく不自由はさせたくない。

自分は彼女を殺したも同然なのだから、裏でひっそりと生きてもらう事を強いた分、せめて生活内での不安は取り除いてあげたい。

まだまだこれからやりたい事もあったろうに、学生の内にこの世界に巻き込んだ責任は大きく、重い。

その責任に見合う程のお返しを、全てとはいかなくとも返していきたいと思っている。


…だが、いくら気を使ったとしても結果彼女のスタンド能力を人殺しに使う日は必ず来る。

矛盾しているかもしれないが、彼女の将来を奪った責任を果たすためにもなまえの不安を排除し、そして人殺しの仕事も手伝ってもらう。


結局は不安を与えてしまう事になるのだろうが、そもそもなまえを引き込んだのはそれが目的なのだ。

それだけは果たしてもらわなければならない。



今までどれほどの人を殺してきたのかもう覚えてはいないが、彼女の様な無害な人間を手にかけた事は数えるほどしかいない。

やはり仕事でこなす人間たちとは根本的に違うのだろう。見ていると子どもの頃を思い出す。

だが、ふと視線を自分に落とせば、なんと薄汚れ、影の差した人間になってしまったのか。近づくこともはばかられる。


根本になまえへの憧れがあることをリゾットは気づいていない。自分がなまえと同じように平凡な生活を送っていたかもしれないと言う[もしも]の可能性への憧れが

リゾットは気付いていない。




ギアッチョは受け取った一個をぺろりと完食し2個めへと紙袋の中を漁るが、どれも甘そうなパンばかりだった

(なんだぁ?リーダーのやつ糖分でも欲しかったのか?)

仕方なくパネトーネを手にとり、もさもさと食べてはコーヒーで流し込む

ちらりと口につけたカップ越しに女を盗み見ると、なんとも間抜けそうな顔でパンを食べていた。


頬杖を突きながら飲んでいる手元が、ずるりと横に滑りそうになった

緩みきった頬に口元、物珍しそうに目を輝かせて手元のパンを覗き込んでいる。

何か言いたそうにちらりとリーダーを見ては、またパンへと視線を戻す。


(何て分かりやすい奴なんだ… ちょっとでも警戒していた自分が情けなくなってくるぜ)


「…おい」

「んぐ、なんでしょう」

咀嚼していたものを呑みこみ、訝しみながら聞いてきた。あんなに嬉しそうにパンを喰っていた顔が一瞬でこわばるのが分かった


「何か言いたそうにしてたのは おめぇじゃねぇのか」

「ん、なんだ。聞きたい事でもあるのか?」


リゾットも視線をなまえに寄こす。

こんな状況なのだ。答えられるものは何でも答えてやりたい。

手にしていた書類を机に戻す。


一気に二人の視線を集め、また居心地の悪くなるなまえは「いや、そんな大したことじゃないんですけど…」と言葉を濁す。


ギアッチョは目つきを鋭くさせる
それを見たなまえはあわてて言葉の続きを喋り出した。


「えっと… これ、なんて言うパンなのかな?って思って…」


そんだけなんですけど…と、なまえはきまり悪そうにミルクを入れてもらったコーヒーを啜った

(マジか…)


ギアッチョは理解しかねる、と言わんばかりに視線をぐるりと回した。のーてんきと言うのか、ただのバカなのか…ただのバカか。

こんな間抜けな会話を聞いたのはいつぶりだろうか?外で飯食ってる時に聞こえてくる他の客の雑談よりも間抜けだ。
質問自体そうでもないのだろうが、あの分かりやすい態度を見た後だとそう思えざるを得ない


「ふっ。…すまん、それはスフォリアテッラと言ってドルチェみたいなものだ。中にクリームが入っているだろう?なまえが好みそうかと思って買ってきたのだが、どうだ」

「めちゃくちゃおいしいです。ありがとうございます」


なまえは此処に来て初めてにこりと笑った。

張りつめていた気が一気に緩むのが自分でも分かった。やっぱり甘い物は正義だ。

初めて食べたけど、これめちゃくちゃおいしい。お勧めしたいほどに美味しい。


食べながら気になっていた疑問が解けたなまえは、またパンに齧り付く



その流れを見ていたギアッチョはさらに目を丸くした

(…動物か?こいつ。っつうか、今リーダー笑わなかったか?)

このチームに入ってからはじめて笑いらしい声を聞いた気がした。
あのポーカーフェイスのリーダーがくすりと笑った様な気がしたからだ。つい堪えきれずまじまじとリゾットの顔を覗き込むギアッチョ

ギアッチョの視線に気付かないふりをして、リゾットはまた書類に目を落とした




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