short

□映画館
2ページ/2ページ



暗く広い館内。

沢山の客席がずらりと並び、大きなスクリーンにはでかでかと血塗れの死体が映し出されていた

そんな死体の傍では、周りのエキストラ達がただ甲高い悲鳴を上げている

そんな演出がさらに死体の不気味さを醸し出していた


…しかし、仕事柄死体には馴れてしまっている


余り思い出したくはないが、実物と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまうものだ


内容も、死体具合も、役者でさえチープに見えてしまう。

…しかし、横にいる彼女を見れば充分に怖がっているみたいだし…

彼女が良いなら、俺も満足だった。




暫くすると暗い音楽に乗ってエンドロールが流れてきた

俺は一つ欠伸をして、少し居眠りしていた事に気付く

(しまった… 寝てたのか)


薄く目を開けると、左腕に違和感があった。

何だか重い物でも乗っかってるみたいな…


キョトンと視線を左に向ければ、なまえはやっとのエンドロールに安心したのか、ほっとした表情を浮かべていた。

ただ、そんな彼女の両腕は俺の左腕にキツく絡みついている

(…っえ!?)


彼女に気付かれないように身体を堅くして、必死に目を閉じた

なまえが腕を絡めてくるなんて…


何だかまだ夢から覚めていないような感覚に、少し嬉しい感情が混ざり合って上手く頭が回らない


スクリーンのエンドロールはまだまだ続くみたいだ

(…このままずっと居られたら良いのに)

何だか子供っぽい考え方に思わず苦笑する。


そして自分の中で一番、最高の勇気を出して、自らの頭を彼女の方に傾けた

恐る恐るだが、勿論寝たふりを決め込みながら傾けていく…

ばれないかとハラハラしながら、ゆっくりと傾く頭は丁度彼女の頭の上で受け止められた


突然の事に驚いたのか、なまえは一瞬びくりと体を震わせ、そして何だか気恥ずかしそうに顔を俯けたのが分かった。

もたれかかった状態が暫く続く…


はたと見れば甘い恋人のようにも見えなくもないが、二人の周りでは暗いエンディングが流れている

それさえも今の俺には何だか心地よく思えて、先程までつまらないと思っていた映画でさえ愛しく思えて来た…


ほのかになまえからシャンプーの匂いと、彼女の優しい匂いが漂ってくる。

酷く幸せで、こんなに良い匂いがしたんだなって、今更気付いた事にちょっと悔しかった


…こんなに近くに居るのに。

このエンディングが終わってしまったら、また何時もの俺達の距離に戻ってしまう…。


だったら、せめて今だけ。


俺は小さな声で「なまえ…」と呟いた。


そんな俺の呟きが聞こえてしまったのか、少し可笑しそうに彼女はクスクス笑って、俺の体にちょっとだけ体重を預けてくれた。

そんな彼女の重みを、ずっと感じて居たいとも思った


(俺って、結構我が儘だったんだな)

また小さく笑った。




 「映画館」


…また二人で行けたら良いな。
勿論今度は、恋愛もので。



end.
 
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ