short
□映画館
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暗く広い館内。
沢山の客席がずらりと並び、大きなスクリーンにはでかでかと血塗れの死体が映し出されていた
そんな死体の傍では、周りのエキストラ達がただ甲高い悲鳴を上げている
そんな演出がさらに死体の不気味さを醸し出していた
…しかし、仕事柄死体には馴れてしまっている
余り思い出したくはないが、実物と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまうものだ
内容も、死体具合も、役者でさえチープに見えてしまう。
…しかし、横にいる彼女を見れば充分に怖がっているみたいだし…
彼女が良いなら、俺も満足だった。
暫くすると暗い音楽に乗ってエンドロールが流れてきた
俺は一つ欠伸をして、少し居眠りしていた事に気付く
(しまった… 寝てたのか)
薄く目を開けると、左腕に違和感があった。
何だか重い物でも乗っかってるみたいな…
キョトンと視線を左に向ければ、なまえはやっとのエンドロールに安心したのか、ほっとした表情を浮かべていた。
ただ、そんな彼女の両腕は俺の左腕にキツく絡みついている
(…っえ!?)
彼女に気付かれないように身体を堅くして、必死に目を閉じた
なまえが腕を絡めてくるなんて…
何だかまだ夢から覚めていないような感覚に、少し嬉しい感情が混ざり合って上手く頭が回らない
スクリーンのエンドロールはまだまだ続くみたいだ
(…このままずっと居られたら良いのに)
何だか子供っぽい考え方に思わず苦笑する。
そして自分の中で一番、最高の勇気を出して、自らの頭を彼女の方に傾けた
恐る恐るだが、勿論寝たふりを決め込みながら傾けていく…
ばれないかとハラハラしながら、ゆっくりと傾く頭は丁度彼女の頭の上で受け止められた
突然の事に驚いたのか、なまえは一瞬びくりと体を震わせ、そして何だか気恥ずかしそうに顔を俯けたのが分かった。
もたれかかった状態が暫く続く…
はたと見れば甘い恋人のようにも見えなくもないが、二人の周りでは暗いエンディングが流れている
それさえも今の俺には何だか心地よく思えて、先程までつまらないと思っていた映画でさえ愛しく思えて来た…
ほのかになまえからシャンプーの匂いと、彼女の優しい匂いが漂ってくる。
酷く幸せで、こんなに良い匂いがしたんだなって、今更気付いた事にちょっと悔しかった
…こんなに近くに居るのに。
このエンディングが終わってしまったら、また何時もの俺達の距離に戻ってしまう…。
だったら、せめて今だけ。
俺は小さな声で「なまえ…」と呟いた。
そんな俺の呟きが聞こえてしまったのか、少し可笑しそうに彼女はクスクス笑って、俺の体にちょっとだけ体重を預けてくれた。
そんな彼女の重みを、ずっと感じて居たいとも思った
(俺って、結構我が儘だったんだな)
また小さく笑った。
「映画館」
…また二人で行けたら良いな。
勿論今度は、恋愛もので。
end.