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□黒い瞳
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外は既に夜明け近くになっていた。

足元のおぼつかなかった暗闇も、薄く差し込む朝日に大分見やすくなってくる

窓ガラスの割れた閑散とした部屋には、場に似合わない小鳥の綺麗なさえずりが響いていた…


俺はターゲットの部屋の扉枠に背を凭れさせながら、腕を組んで新しいタバコを吹かす。

表情は険しく歪み、まるで怒りを必死に溜め込んでいるように思えた


そんな部屋の中心、プロシュートの視線の先には
ナイフを片手に、洋服を返り血で染めながらぼうっと突っ立ているなまえが居た。

彼女の足元には大きな血溜り。
…しかない


つまり、標的であるターゲットの死体が無いのだ。

俺はどうにか怒鳴りつけようとしているのを堪え、わなわなと口を震わせながら尋ねる


「…おい、なまえ。死体はどうした?」

「…。」

「まさか、取逃がしたとか…言わねぇよな?」

「……ごめんなさい。」

「謝るってこたぁ、それは事実か?」

「…はい。」


ピキッと頭の線が切れた。
俺はついに堪えきれず、近くにあった錆びた傘置きを思いっ切り蹴飛ばした。

静かな部屋に、飛び上ってしまいそうなほどの大きな音が響く…

彼女はびくりと肩を震わせた。


俺は煙草を吐き捨て、つかつかとなまえの元に歩み寄る

なまえは怯えるでもなく、じっと立ち止まっていた。


「…なぁ、なまえ。今回の任務が、どれほど重要なことか分かってての失敗か?」


思ったよりも華奢な体に、俺の無造作な手がなまえの胸倉を掴み引き寄せる。

彼女の黒い瞳は、今まで見たことも無いほどに潤み、まるで今にも零れてしまいそうな程だった…


「…ごめんなさい」

なまえは先程から同じ言葉しか繰り返さない…
俺はキッと視線を強めた。

「同じ事しか言えなくなっちまったのかぁ?」

「…プロシュート。」


彼女は突然俺の名前を呼んだ。

俺はそれに答えることをせず、黙り込む。

それでも構わないのか、彼女は一方的に喋り出した


「…ごめんなさい。今回の失敗は…全部私の責任です。つい…見逃してしまったんです…」



今回のターゲットには子供が居た様だ。

良く見ると血溜りの中にはペンダントが転がっていて、中にターゲットとその子供であろう少女の写真が丸く切り取られて埋まっている。

2人の顔には、何ともにこやかな優しい笑みが浮かんでいた…

なまえは致命傷を負わせたのは確実だが、最後の一歩で窓から逃がしてしまったそうだ。

「娘が居るから助けてくれ!」と、血に塗れながらも必死に手を合わし、額を床に擦りながら懇願した標的をあっさりと逃がしてしまったのだ…



俺はチッと舌打ちをして、彼女の服から手を振り放す。

なまえはふらりとよろけはしたが、決して座り込もうとはしなかった

(…取り合えず、落ち着くんだ。)

かっとなってしまった事に嫌気がさす…



とにかく、状況の確認が先だ。

この出血量からして、まず助かる見込みは少ないだろう…

俺の教えた通りのナイフの使い方なら、中途半端な傷を負わせることは無い

割れた窓ガラスから外を覗けば、すぐ下の地面に点々とまだ新しい血痕が残っていた。

その跡を目で追って行けば、ちょうど曲がり角のあたりで
息絶えたのであろうターゲットの死体を発見した。

なまえの慈悲も叶わず、娘に会う前にあの場所で息絶えてしまったのだろう



俺はふいと視線を逸らした。

他人の悲しみに同調するには
もう人を殺しすぎていた。

いまさら悲しいなどと微塵も思えない。

そしてまだぼんやりと立ち尽くすなまえに、今度はゆっくりと近づいて行った。


「…辺りの状況は確認したのか?」

「…いえ」

と言う事は、きっとターゲットを暗殺し終えた事実も知らないままなのだろう。


…俺もなんて短気なんだ。

なまえはしっかりと任務を成功させていた。

なのに、むやみに怒鳴りつけて彼女を傷つけてしまった…


そんな自分に腹が立つ。

新しくタバコを吸おうと箱を取り出せば、中身は空っぽであった。
小さく舌を鳴らし、ぐしゃっと箱を潰してその場に投げ捨てる


今更謝れるほど、彼も素直な性格では無かった。


 
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