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□冷めた身体
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もやもやと考え事をしていると、なまえの両親であろう二人が棺の前で何か話し込んでいた。


「…ベイビィフェイス」
「通訳します。」


何時もとは反対の女で作っておいて良かった。今回のスタンドは良く言うことを聞いてくれる。



式場の扉の傍らで、静かに通訳される言葉を聞いた。


「…まったく、久々に帰って来たと思ったら今度は自殺!?」

「そう言うな母さん。」

「もう向こうには帰るな、って言っただけよ?」

「…彼氏に会いたかったんだ。それ程に」

「その彼氏さんだって来ない始末じゃない!」

「母さん…」



…嗚呼。
なまえの前で、何て話をしているんだ。

夫婦喧嘩のように口論を続ける二人


それは聞いていて イライラするような内容ばかりであった。




なまえの前で、そんな話は止めてくれ。


俺は自分の事の様に居たたまれなくなり、ツカツカと二人の基へと歩み寄って行った。




そんな俺に気付いたのか、二人はあから様に動揺を見せる


「初めまして。」


俺の口に合わせてベイビィフェイスは喋る。



二人も同じ様に返し、母親の方は「わざわざ遠い所から…」と頭を下げた。





先程までの嫌そうな顔は微塵もない。


「この度は、本当にご愁傷様でした…」

頭を下げるように、スタンドに促される。

二人は悲しそうな顔で愛想笑いを浮かべた




−−−‥


それからは他愛もない会話を繰り返す。


(日本語お上手ですね)
(なまえがお世話になって)
(お仕事の方は大丈夫ですか?)
(最近肌寒くって)


そんな問いに、全てベイビィフェイスは独断で答える。

多少本心と異なろうとも、どうでも良い



暫くすると話も終わり、二人は何処かへと行ってしまった。


広く、香の様な匂いに満ちた空間に 一人となる。





俺は静かに なまえが横たわる棺に歩み寄って、そっと蓋を押し上げた。

そこには、まるで眠っているように花に囲まれたなまえが居た。



…胸の奥が少し軋む


すっと彼女の頬を撫でると、まるで氷の様に冷たかった

柔らかくて弾力のあった肌は硬く蝋人形の様であり、肌の色が何だが黄色く見える…




…こんな人形みたいに無機質なのがなまえな訳無い


顔を近づければ、何時も漂ってきた優しくて甘い香りは名残すらなかった

ただ周りの花の香りに負けてしまっている。



「なまえ…」


ジャポネに来て、初めて声を震わせた。


本当は声を出したくなかった



自分の中に溢れそうになってる思いが、零れてしまわないように…

必死にせき止めていたのに。



彼女を前にしては、その思いはもっと溢れてきて
俺の入れ物ではもう足りなくなってしまったのだ…



今にも体を引き裂いて出てきてしまいそうになる彼女の思い出や、記憶や、感情なんかが

自分の中から零れて消えてしまうのが恐ろしくて…


声に出す事さえ控えていたのに。




彼女の名を口にした俺の声は、まるで子供のように何かを堪えていて、引きつっていた



…これ以上の声は出したくない

(何時もみたいに俺を抱きしめてくれよ)

手を差し伸べても、目蓋すら開いてくれない

(何時もの様に俺の名を言ってくれ…)

優しく頭を持ち上げてみても何の反応も無い




手に収まる彼女の顔をじっと見つめる。



…彼女は死んだ。



今更ながらに思い知らされた事実

俺は知らず知らずのうちに涙を流していた



覗き込む俺の目からぽたりと液体が落ち、彼女の頬につっと伝う。




「なまえ…!」


嗚咽の混じったみっともない声は、下唇を噛んで殺した。

…彼女には聞かれたくない



濡れる睫をそのままに、俺は彼女の顔を引き寄せそっとキスをした。





きっと、今の冷たくて何の感情も無かった口付けは 一生忘れる事は無い…


俺は動かぬなまえの遺体を抱き寄せ、潰れそうな程に強く抱きしめた




       「冷めた身体」


もう、微笑み合う事もない…


 
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