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□破片と欠片
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突然なまえはすくっと立ち上がると、つかつかと僕の目の前へとやってきた。
普段ならそこで腕を伸ばし、彼女を包むように抱き絞めるのだが…
腕を伸ばすよりも早く、彼女の唇が僕の頬にキスをした。
挨拶のように、軽めのキス…
でも彼女からの口付けは初めてで、僕は固まってしまった…。
それ程長い間キスをしてもらった訳では無いのだが
どうしてか、まるで時間が動くのを止めてしまったかの様に、永遠に感じられた。
(嗚呼、このまま時が止まってしまえばいい。)
子供じみた考えだが、僕は本気だった。
…しかしそんな事が起こるはずも無く、あっさりと彼女は離れてしまう。
頬には、まだ彼女の柔らかな唇の感触が残っていた
無意識に其処へ手を這わせる。
「…これで最後。さようなら、フーゴ」
彼女は、呆然と立ち尽くす僕を一度懐かしむように見つめ
そして呆気なく背を向けた。
迷う事無く置いてあった上着に袖を通し、鞄を持つ。
流れる様な動作で玄関へと向かい
…そしてもう一度だけ 泣きそうな顔で振り返り、静かに扉の向こうへと消えて行った。
キィ、と扉が軋み 閉まって行く。
扉の僅かな隙間から、最後の彼女の後ろ姿を見つめ…
閉まると同時に目蓋を閉じた。
(…どんな君も知っているつもりだったけど)
泣きそうになる君の顔なんて、初めて見たよ。
閉じた目蓋に浮かぶなまえのそんな顔を思い出し
僕は頬に残った柔らかな感触が、じんわりと熱を持った様に感じられた…
「破片と欠片」