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□破片と欠片
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まだ中身の入ったティーカップが音を立てて落ちて行った。

とっくに中身の冷めていたそれは、濁った琥珀色の液体を磨かれたフローリングに広げて行く…



「…もう、良いの」


彼女は僕との視線を合わせないまま、足下に広がっていく紅茶を見つめ囁いた…




嗚呼、違うんだ。
それじゃない… 僕の方を見て言ってくれ。


口に出かける言葉を飲み込み、腰掛ける椅子の上で手を握りしめた

強く握り締めたためか、肌の色が白くなっている…




向かい側に座るなまえは、何処か力の抜けきった読み取れない表情でずっと床を見つめていた。


あのカップは彼女のお気に入りだったはずなのに…



白い陶器に小さく描かれていた薄紫の花は、今では見る影もなく粉々に砕け散っていた。






彼女の足にも破片は飛び散っていないだろうか?


こんな時でも、ちらりとなまえの事を心配してしまう僕は

(ほら、やっぱり無理なんだよ。)


声に出さず、頭の中で繰り返していた。





「ごめんなさい。…もう、忘れて良いから」


だから、僕には無理なんだ。



突然なまえから大切な話があると言われ、急に別れ話を切り出されてしまっても…

僕には君を忘れてしまうなんて、そんな事は不可能なんだ。




「…僕がいけなかったのかな?」


出来るだけ、何時もの様に振る舞う。


何だか胸に渦巻く どす黒いモヤモヤした固まりを必死に押さえつけて、無理やり微笑んで見せた。



恐らく引きつった笑みになってしまっただろう…



彼女は重そうに首を持ち上げ、やっと僕の方を見つめてくれた。





しかし、何時もなら直接目があっただけで照れながら視線を外してたなまえは

今では真っ直ぐと逃げる事無く僕を見つめ返す。


直線的で、まるで其処には何もないと言いたげな視線




(あぁ… しばらく会わないだけで、君はこんなにも変わってしまったのか…)



何時もは好きで堪らない彼女の瞳は、今では影を落としたように瞳の奥を知ることが出来ない…


冷え切ってなんの感情も知れない目は、僕を見ているようで何処か上の空に感じられた。





「…えぇ。」


先程の質問に 沢山の間を空け、なまえはこくりと頷く。

「じゃあ謝らなくちゃね。」と、僕は席を立ち上がり 彼女のもとへ行こうとする。



が、「待って」と強く拒否されてしまった。


何となく胸の奥がずきりと痛む…




立ち上がったまま、彼女の続きの言葉を待った。


なまえは僕の近付こうとした足を見て、困惑するように視線を泳がし…そしてくしゃりと髪を乱す


それは彼女がどうしようもない時にとる癖だ。






(僕は君の気付いていない小さな癖だって、ちゃんと覚えているんだ。)

それなのに…。


ついそんな彼女を愛おしそうに眺め、ふふっと笑ってしまう。

そんな僕をちらりと見たなまえは、怪訝そうに眉をひそめた…



「ごめんね、何だか可愛くて…」

「…。」



一言も返すことなく、視線を外すなまえ…

僕は冷めていく笑みを必死に取り繕った。


まるで笑顔を張り付けている様な気分だ…



 
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