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□待合室のあの娘
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病院に来ていた。

朝あまりにも痛くて、学校を休んでまで来てしまった。

トイレに行ってびっくりしたよ
便器の中が真っ赤になっていたから

…誰にも言いたくないけど、痔だ。

この歳でまさかそんな事になるなんて思ってもいなかったが、なってしまったものは仕方がない。

知り合いが居るとは思えないが、念のため帽子を目深にかぶる。

今は待合室で長椅子に我慢しながら腰掛け、俯いてスマホをいじっていた。


1人だ。
母親はアイクの送り向かえに僕だけ置いてさっさと行ってしまった。

今さら病院で1人が怖い、なんて言う歳でもないので特に不満を漏らすことなく母親を見送った。


何気なくSNSを覗きながら(こんなとこ、カートマンにでも見られたらお終いだ!)と妙にそわそわしてしまって、スクロールする画面の内容が頭に入ってこない。

俯いた顔を動かさずに視線だけをキョロキョロと這わせて辺りを警戒する。


あのでぶっちょが病院に来る時と言えば、せいぜい太り過ぎが原因で、外科とか内科にかかる時くらいだろう。

「あー、これは食べ過ぎですねぇーー、腸にぎっしりとクソが詰まっているのでー彼がクソ野郎なのも納得でしょうーー、大変ですねー」

なんて。

勝手に想像した適当な医者に診断をくだしてもらって、ふんっと鼻で笑う

カートマンには残念ながら、僕がかかるのは肛門科だ。
恐らく被ることはない。ざまぁみろ

…大声では言えないけど。

それにあいつはここには居ない。

はぁ、と溜息をついたら横に誰かが座る気配を感じた。

その人の重みで椅子が少し軋む

ちらりとスマホから足元を見やれば、女の子だ。
サンダルから覗く白い肌と、水色に塗られた足の爪を見て確信させられる。

「はぁ…」

彼女も溜息をついた。
声の感じからして歳が近いと思った。

彼女は僕から2、3人空けた左の席に座っていた。

(な、何でここに女の子がいるんだ?同い年かな。…可愛い子だったらどうしよう。僕が肛門科にかかってるなんて知れたら最悪だ!)

勝手に色々と考え出してはもっと気分が落ち込んで来た。

何にしても、可愛い子だろうがブスだろうが、女の子とこの場所で会ってしまったのがそもそも最悪なのだ!

…どうせなら会計の時とかに来てくれればいいのに。

彼女から僕の元に来た風な感じだが、そんな事じゃないことは知ってる


顔を見る勇気もないし…
知らないふりをしてやり過ごそうか。

恥ずかしさで言えば、彼女だって同じ科にかかっているのかも知れないのだ。現にその待合室に座ってるし。

むしろ彼女の方が恥ずかしさで死にそうになってるのでは??


…今どんな顔をしているんだろう

どうしても好奇心に勝てず、ゆっくりと下から見上げるように視線を滑らせると

「…っ!」

ぱちくり。

目が合ってしまった。

彼女も覗き込むように見ていたのか、少し体を傾けてこちらを見ている

二人して同じ格好で固まってしまった。

お互いが、お互いの目を見て動けずにいる。


(っああーー!!何やってるんだ僕は!とっさに何か言えばこんな、こんな気まずいことには…!!)

彼女もまた何を言えば良いのか困っているような、焦っているような顔をしていて
まるで停止ボタンを押されたように微動だにしない。

でも目だけがわなわなと震えている
かっと頬に赤みが差しように見えた

この辺では珍しい黒の目の色をしていて、アジアンな顔立ちだ

…可愛い子だった。

僕はきゅっと口を引き結ぶ



目が合って、お互い動けないままどれくらい経っただろう…

多分数秒くらいなのだろうけど、僕からしたらかれこれ5分は見つめ合ってる気分だ。

な、なにか話しかけないと

「あ「あのっ」」

言葉が被ってしまった。

また二人して固まる。

だがあまりにも今の状況がおかし過ぎて僕はふふっと笑ってしまった。

彼女はそれを見て肩の力が抜けたのか、ふわっと笑ってくれた。


「ふふ、ごめんなさい。」
「いや僕こそ、ごめん」

彼女は困ったように笑う。
その時口に添えられた手がまた可愛くて、体温が上がる感覚がした



彼女はなまえと言うらしい。
日本人みたいだ。

ここにいる理由は、僕も聞き返されそうな気がして聞けなかった。

けど、多分彼女は英語が読めないから空いてるこの席を選んだのだろう。
何となく会話をしながら、そんな気がした。

でも英語は流暢で、僕も気兼ねなく話せた。


内容は取り留めもない、くだらない話ばかり。

学校の話から、最近のマイブームとか、昨日の夜ご飯が不味かったとか

女子とこんな穏やかに会話ができるとは思わなかった。

もっと訳のわからない事を話し合ってる生き物だと思ってたけど、そんなことは無かったみたい。

だいぶ僕の偏見も入ってるけど。

けど彼女はその中でも多分大人しいタイプだと思う。

静かに話す子で、大げさなモーションもなくなんて言うんだろう…

ぴったりな言葉が浮かばないんだけど…おしとやか?って言うのかな

僕の中はドキドキしてるのに、言葉にする頃には落ち着いた僕になっている。


「そっか、遊びに来てたんだね」
「そうなの。親戚がこっちで式を挙げるみたいで」
「それはおめでとう」
「ありがとう」

またふわりと笑う。
なまえは笑う時、困ったように眉尻が下がる。

そんなところも可愛くて変な汗が出てきそうだ。


「あ、あの。よかったら今度僕が案内するよ、この辺とか」
「ほんとう?!凄く助かるわ」

なまえは目を輝かせて距離を詰めて来た。

それに比例して僕の心臓が忙しなく動く。

…何だろう、心臓が早い。心臓って何科だったっけ

なまえはスマホを出すと「連絡…取っても良いかな?」とすまなさそうに首をかしげる

僕は慌てて、握っていた携帯を取り落としそうになりながら「勿論!」と答えた。


お互いの連絡先を交換すると、彼女ははっと何かに気づいた顔をして画面を見つめる

「っ、ごめんなさい!もう迎えが来てたみたい!メールに気づかなかったわ」

「あ、…もう?」

「お話ししてくれてありがとう、私一週間ぐらいここにいるから。都合のいい時に、その、案内お願いしてもいいかな?」

「僕に任してよ。美味しいお店も教えるから」

なまえは、ぱあっと笑って席を立った。

僕も立ち上がって彼女を見送ろうか考え出す

「ありがとう」
「いいさ」
「それじゃあ、えっと、またね?」
「ふふ、またね」
「あ、カイルはお迎え待ちなの?一緒に行く?」
「いや…その、僕は…そ、そう!親を待ってて」

なまえはそうなんだ、と納得してくれた

…危ない。
自分がここにいる理由を忘れそうになってしまった。

まさか僕が肛門科にこれからかかるなんて、死んでも知られたくない!

せっかくいい雰囲気で終わろうとしてるのに、自分から壊すところだった

彼女にそれが知られたら、次会うときに何と思われるか!それを考えただけで胃液が出そうだよ!

今ならスタンが嘔吐する気持ちもわかる気がする



すると壁に取り付けられたスピーカーから声がした

「カイル・ブロフロフスキーさん。2番診察室へお願いします」

「DUDE!!!!!!!!」


今年一番の大声が出た。






  待合室のあの娘


 


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