R+R

□靴
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靴職人である彼は腕を組み、道具を目の前にしながらもうんうんと頭を悩ませていた。

つい最近友人であるスタンに頼まれた依頼だが、どうしても良いアイディアが浮かばない。

長らく靴を作って来たがこんな依頼は初めてだ。

可愛くて、白の皮で出来てて、足が細く見えて、踵は8センチ、誰も履いてなくて、爪先は尖らせて、飾りをうんと付けて、でも派手すぎないで、蒸れなくて、キラキラしてて、汚れにくくて……

後はなんだったか。

ともかく、注文が多すぎる。
何だこの子供のわがまま全部詰め込んだみたいなラインナップは

せめて三つか四つに絞れなかったのだろうか


だが彼も職人である。
依頼にはできる限り答えたい。

それも友人であるスタンの頼みでもあるのだ。下手な品は渡せない。

あれこれ考えているうちにもう3週間も過ぎてしまった

試作品はいくつも作ってみたが、どれも納得できない。


あぁ、早く完成させなきゃ!

彼は頭をガクッと落として溜息をついた。



と、突然。

ドンドンドン!!

激しく扉を叩く音がしたかと思えば

ガン!! ドターッッン!!!

何かが倒れる音もした。


「な、何だ??!」

工房の外から聞こえて来た。

店の方で何かあったのだろうか

彼は急いで立ち上がり工房から外に出る扉に手をかけようとした瞬間


バンッッ!!

勢いよく扉が開いた

内開きの扉なので、危うく巻き添えを食うところだった。

なにが起きたのか理解の追いつかない頭で、唯一確認できたのは

扉のそこに、見知らぬ金髪の女が仁王立ちで立ちふさがっていた事だ。


「あなたが靴屋のカイル?」

扉を蹴り開けたベーべは、腰に手を当て片眉を上げながら尋ねる。
後ろにはとても申し訳なさそうな、あわあわとしたスタンも居た。

カイルはまだ理解できないと言った顔で呆然と立ち尽くしている。

ベーべはピクリと眉を震わせ

「あ、な、た、が、靴屋のカイルかしら?」

「そ、そうだけど」


ようやく状況が飲み込めて来たのか、カイルは目の焦点を合わせ、みるみる目付きを鋭くさせていく

「それより、どう言う事だよ!あんた何者だ!」

「私はベーべ保安官。自己紹介は済んだわね、さあ。渡してもらうわよ」

「何の話だ!こんな乱暴な保安官なんて聞いた事ないぞ!」


ベーべはうっとおしそうな顔をしているが、カイルは怒りに震えている。

そんな緊迫した空気に、ベーベの後ろにいたスタンはひょこっと顔を出して

「よぉカイル」

「スタンじゃないか!」


それを見たカイルは途端にぱっと笑みを見せ、少し安心したのか体の力が抜けていくのが分かった

ベーベもそれを見て肩の力を抜く。

「スタン!一体どう言うことだ?!この行儀の悪い女は誰だ?」

「…話せば長いんだが、率直に言うぞ。依頼主、この保安官なんだ。頼んでた靴さっさと渡した方が身のためだぞ。」

「身のためって…」

「あーーー!!!」

突然の叫び声にカイルとスタンは驚いた。

大声を上げた当の本人ベーべは、一直線に部屋の隅を指をさし、目をキラキラとさせながら瞬く

「出来てるじゃない!それもこんなに!」


ベーべの指差す先には、カイルの悩みに悩んだ試作品の山があった。

どれも履ける状態だが、カイルの納得がいかず、隅に固めて置かれていたブーツばかり

カイルは指差す先を見て、ベーベの意図を汲んだのか「それはダメだ」と遮った。


それを聞いたベーべは眉根を寄せ、怒りを押さえつけながら聞きかえす

「なにがダメなのよ」

「それは試作品なんだ。渡せるものじゃない」

「別に、履けるんでしょう?」

「確かに完成はしてるけど、渡せない。まだ納得のいくものが出来てないんだ」

「納得もなにも、決めるのは私でしょ」

「違う。僕が決めるんだ」


今にも火花が飛び散りそうなほどに睨み合うカイルとベーベ。

きっと2人は根本的に相性が悪いのだと思う。


「な、なぁカイル。今回はそれを渡してやってくれねぇか?そうすりゃ全部丸く収ま…
「「うるさい!」」


2人に怒られしょげるスタン。

まるで早撃ちでも始めるかのような緊迫した雰囲気だ

このままお互い後ろ向きに三歩進んで撃ち合うなんてことは…起きないだろうが、それほどのすごみを感じる。



ついにしびれを切らしたのか、ベーベは腰の銃をゆっくり引き抜き

床に置いた。

スタンは疑問符を浮かべる。

それを一瞥したカイルは、すっと息を吸い込んだ…
ベーベも同じように息を吸い込むと…


「「じゃんけんぽん!!」」

目にも留まらぬ速さでお互い繰り出された右手はチョキとパー



…負けたのはカイルだった。

パーを出してしまった右手をわなわなと震わせ、膝から床に崩れ落ちる

スタンは何が起こったのかまだ理解できないのか、目を白黒させていた。

チョキを高らかに掲げ、喜びを噛みしめるベーベ。

ひとしきり喜んだ後「さぁ、運ぶわよ!マスター!」と彼女は満面の笑みで呼びかけた。







――――――――-


「あら、ベーベ。ステキなブーツね」

「ふふ、分かる?私のオーダーメイドなの」

ベーベは新品のブーツをウェンディに見せつけるように持ち上げて、にまにまと笑っている。



結局、壮大で壮絶で神聖なるじゃんけんにて決着をつけた後、ベーベは動かぬカイルを置いて試作品を全て持って帰ってきたのだ。

もちろんスタンの送迎で。

家まで運んでもらい、帰り際に何やらスタンが約束!と喚いていたが「やだ、もうこんな時間?」と逃げるように屯所へ帰ってきた


実を言えば、スタンの店を直すって話は上司に話していない。嘘だ。

だってそんな事を話せば、せっかく残して置いた便利なカードを無くすようなものだ。

こうして今回もいつもより早くブーツが手に入ったし

そうそう手放したくはない。



ふふ、新品のブーツをこんなに沢山!しかもタダで手に入れてしまった!

だって試作品って靴屋のカイルが言っていたし。しかも公平なるジャッジの元に、正式に勝利を勝ち取り手に入れた、言わば戦利品みたいなものなのだ。

それにお金を払えだなんて、私にはなんと言われようとこの新品のブーツを目にする度に、どんな反論でもねじ伏せられる自信が湧き出てくる気がする



色々と理由付けて、自分が正しいと納得させる。

結果的に、いつもは2ヶ月かかるところを3週間でこのブーツを手に入れることができたのだから!


その感謝とこの喜びは返さねばならない、と

少し良心が咎めるような気がしなくもないが、ま。また違う機会にこの恩を返そう




ベーベは溢れるにやにやを収めることなく、うっとりとブーツを眺め心の隅に留めた。





   



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