R+R

□靴
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薄暗い室内。
唯一の光源はちいさな窓と、開いた扉から漏れる自然の明かりだけ

聞こえてくるのは、外で吹き荒ぶ風とマスターの食器を磨く音のみ。

太陽はとうに頭上を越えて西に傾きかけている。なので室内は心なしか暖かい色に染まっていた。

夏も終わりかけで、ようやく快適な温度になって来たところ


このままレコードでもかけてゆったりと椅子に腰を下ろし、昼寝へとまどろみたい所だが…

そんな優しげな雰囲気とは対照的な女が一人いる。


腰まであるウェーブのかかった金髪を揺らめかし、苛立たしげに足を揺すって近寄りがたい雰囲気をまとっている…

ベーべ保安官だ。

彼女は飲みかけのオレンジジュースのグラスを弄びながら、どっかりとカウンター席に腰掛け、目線鋭くグラスを睨みつけていた。


此処は例の酒場。

罪人の一斉検挙によって彼女の名が馳せた、スタンが経営するバーである。


今は見回りの時間なのだが、どうしても仕事が手につかない問題が彼女を悩ませていた。

今にも椅子を蹴り倒しそうなベーべの姿を目の端に捉えながら、マスターのスタンは耐えきれず口を開いた

「…で、何の用だよ」

スタンはグラスを磨きながら、目も向けず語りかける。

さっきから、カラカラとグラスの氷を揺らして止めないベーべに、我慢ならずやっと重い口を開いたのだ


本当は喋りたくもないし、二度とこの店にも来て欲しく無かったのだが…

あんな怒りを煮詰めたような顔で、勢いよく扉を開け、ズカズカとカウンターに座られてしまっては帰れも何も言えたもんじゃない。

皮肉でも言った暁には、眉間に弾をぶち込まれそうだ。

身震いをするスタンにベーべは

「……何の用、ですって?」

低い声で呟く。

「どうもこうも……一体どうなってるのよ!!!」

突然大声をあげてカウンターをバンと叩き立ち上がるベーべに、スタンはびくりと驚いた

「もう一ヶ月よ!!もう一ヶ月も経ってるのに!何の連絡もないじゃない!!」

ベーべは悔しいのか地団駄を踏んでいる。

「何のためにあなたに頼んだと思ってるの!顔が広いあなたに頼めば早くことが済むと思ったからお願いしたのに!」

「落ち着きなよ保安官、一ヶ月じゃなくてまだ3週間じゃ…「ほとんど一ヶ月じゃない!!」

スタンのなだめる声を遮って、ベーべは苛立たしげに床を何度も蹴った。

「あなたを逮捕しなかったのはこういう時に役に立つと思ったから見逃してあげたのよ?!なのに…なのに…!」

「まぁ落ち着きなって」

スタンはやれやれと、まだ少し残っているベーべのグラスにオレンジジュースを注いだ

ベーべはそれを見て渋々腰を下ろす。


「だから最初に話しただろう?あいつは職人気質なんだ。納得しねぇと終わらねぇんだよ」

「私は一刻も早く欲しいの!!」

まるで駄々をこねる子供のような態度にスタンは今日何度目かの溜息を吐いた。






―――――――


3週間前


「あなたに頼みたい事があるの」

突然ベーべがスタンの前に現れたのは、バーでの犯罪者一斉検挙の事件が起きてから一月ほど経った頃だった。


まだスタンの店にはその時の痛々しい爪跡が残っている。

飛散したガラスや天井なんかは綺麗に片付いてはいたが、床に残った凹みや引っ掻き傷なんかはそのままだった。

机も椅子も何もなく、ガランとした店内。
あるのは無傷のカウンター席のみ。

その唯一残ったカウンターで仕込みをしていたスタンに、ベーべは何食わぬ顔で持ちかけて来たのだ


「あら、まだこの辺汚れてるわよ?」

「…おかげさまでな」

悪びれもしないベーべの態度に、眉間にしわを寄せ如何にも嫌そうな顔をしながらスタンはブツブツと答えた

こんな寂しい殺風景な店に変えてしまった元凶は、何を隠そうこの目の前にいるベーべという女なのせいなのだから!

スタンがコツコツと貯めて来た客も売り上げも物品も、あの事件で全てがぱぁになってしまった…

嫌そうな顔をするぐらい許してほしいものだ。

しかしそんなスタンの睨みも虚しく、ベーべはあの時と同じように店に入って来て、同じ席に腰掛けた。

「…保安官さんよぉ、あの時の言葉覚えてるか?」

「私何か言ったかしら?」

「弁償するって、銃を天井にぶっ放しただろうが。…あれから一月以上経つんだが?」

「何のこと?」

「おいおい!!それを充てに店をやり直そうと思ってるんだぞ!あんたが潰した椅子も机も照明も!どうしてくれ「ねぇ、そんなことより頼みごとがあるんだってば」

カウンターを挟んで、怒りに詰め寄るスタンをよそに、何食わぬ顔で会話を遮るベーべはひらひらと右手を振る。

まるでうっとおしい虫を追い払うような仕草に、スタンはさらに怒りをあらわに喚く

「あ、あんたなぁ!そんな態度で俺か聞くと思ってんのか?!」

「あら、あなただけ捕まらなかったの、誰のおかげだと思ってるの?」

その言葉にハッとする。

おかしいとは思っていたのだ。あんなに罪人を囲って店を経営していたのだ。
ここは仕事の紹介場みたいな役割もこなしていたので、情報や依頼をスタンから頼むこともしばしばあった。

簡単に言えば、犯罪の仲介人でありコンシェルジュみたいなもんだ。

なのに自分だけ何事もなく過ごしていることに、少しの不安があったのだが…

ベーべの発言で合点がいった。


「…この俺を使おうってことか」

「話が早いじゃない」

ベーべはニコリと微笑んだ。



彼女のお願いとは、新しいブーツが欲しい。と言うお願いだった

今履いてる靴はだいぶ使い込んでくたびれているのか、気に入らないらしい。
汚れや、皮にヒビも入り、色もぼやけて一刻も早く新しいものが欲しいと言う。

そんなもん、町に来る業者に頼めよと言ったが「どうしても早く欲しいの」と口を尖らせ可愛い子ぶって話して来た。

俺に頼めば、毎月来る靴屋に注文を出して手元に届く時間よりも、早く済むと思っているらしい。

大体だが、その他所から来る靴屋に注文をつけると、品が届くには2ヶ月ほどかかる。


…そりゃあ調達も請け負うことはあった。

だがそれは銃とか、危ない品とか、そういうものばかりだ。

今回みたいな女の履くブーツを早く手元に届けたいなんて… 専門外という言葉をしらないのだろうか?

飯屋で馬を買いに行くぐらい間抜けな話だ。


だが保安官は、スタンに過去の犯歴を見逃すという条件を出して来た。

つまりこれから一切悪い事をしなければ、牢にぶち込まれることはない
まっさらな履歴を手に入れられるのだ。

…正直悪い話ではない。

今まで危ない橋を渡って来た分、今回の依頼は笑うほど簡単なように思えてしまう。

保安官には2度と関わりたくはなかったが…



スタンは目頭を指で揉み解しながらゆっくりと息を吐き「…分かった」と返事をした。

「さすがマスター!話が「だが条件がもう一つ」

今度はスタンがベーべの話を遮る。

「この店の壊れたもん、全部弁償してくれるのが条件だ!そうすれば新しいブーツの代金はチャラ、早く手に入ることも約束する」

「…なるほどね。でもブーツが私の手に渡ってから、よ。」

「交渉成立だな」

「頼んだわよ」

2人はお互いピリピリした雰囲気をまとわせながらも、口元は微笑んでいた。





べーべがブーツの詳細を熱弁して店を出ていった後、スタンはさっそく信頼できる靴屋に電話をかけた。

彼の話では一月もあれば品を送れる、と言っていたが…

その電話から、すでに3週間の時が過ぎていた。


靴屋の彼に限って約束を違うことはまず無い。何年もの付き合いのある、友人でもあるのだ。

日に日にべーべは苛立ちを募らせるし、それがいつ爆ぜるかビクビクしながら見ているのもそろそろ限界だ。

おかわりのオレンジジュースを注いで一旦は落ち着かせたが…


「なぁ保安官さんよ。」

「…なによ。今更約束を変えようなんて思ってないでしょうね?そんなこと言い出したらこの店跡形もなくぶっ潰してやるから」

「…せめて嘘に聞こえる冗談にしてくれ」

「私が冗談を言うとでも思ってるの?」

「話題を変えよう。やっぱり靴屋の様子が気になるんだ。あいつは嘘をつく様な奴じゃないし、約束を破ったことなんて一度もない。…何か巻き込まれてるなんて事はないかな?」

ベーべは興味なさげに頬杖をついている。

スタンが返答を待つ中、空いた手で髪を一束指先にクルクルと巻きつけ、毛先を見つめながら

「…こうなったら最後の手段ね」

ベーべは悪役さながら、ニヤリと口端を歪めた。




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