R+R

□箱
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しゃらりしゃらり

歩くたびに靴のかかとに付いた滑車が回る。

ベーベはカウボーイハットを目深にかぶり、砂埃が舞う道の真ん中をゆっくり歩いていた。

外はとても暑く、じりじりと太陽が焼けつくように肌を刺す。
動物たちも参ってしまっているようで、せっかくパトロールに連れてこようと思っていた愛馬は仕方なく厩に置いてきたくらいだ。

風も吐く息のように緩く、不快で最低。
湿気がない分まだマシだが、喉が乾く。

先ほど懐中時計で時間を確認して見たが、まだ昼前だった。
もう何十時間もこうして町を歩き回っている気分…

初めての地区ということもあり、余計に神経を使う。


こうなればパッと一杯飲みたい気分だ。
…が、飲める年齢でもない。


ベーベは目を閉じ深く息を吐いた

「…ちょっと休憩しよう」

出勤してからずっと外でパトロールしていたのだ。水筒の中身もとうにすっからかん

小腹を満たすために昨日買って置いたお菓子も、誘惑に負けてすぐに食べてしまった

今あるのは弾の入った銃と、この使い込んだロープのみ

少しぐらい休んだって構わないだろう。

彼女はきょろきょろと辺りを見回し、手近のバーに入って行った。






カランコロン

耳に涼しいベルの音がする。
両開きの扉を開けると、いっせいに視線が集まってきた。

しかし彼女は何食わぬ顔でカウンターへと一直線にゆっくりと歩き出す。

それは威嚇しているように見えるし、余裕そうにも見える。まぁ慎重に、だ。

通り過ぎるテーブル客から殺されんばかりの視線が左右から挟まれるように向けられているが、こんなのに怯んでいるようでは保安官は勤まらない

これまでどれほどの無法者やならず者を捕まえてきたと思っているのか…

それを知らないとはお気の毒様。


ベーベは品良くカウンターの席に腰を降ろすと、砂塵よけに巻いていたスカーフを解いて帽子も隣の空いた席に置く。

すると今まで隠れていた彼女の長い髪がさらりと重さで揺れた。

まるで陽の光のように明るく、透けるような金髪は彼女の存在をさらに引き立たせるように波打っていて、ふわりと優しく纏まる

どこかの席で茶化すような口笛が響いた。

(汗で髪が絡まっちゃう)

ベーベは少し眉根を寄せて、両手を後頭部に回し、揺れる髪を纏めて左肩に流した。

痛まないように手櫛で髪をほぐしながら「りんごジュースを頂ける?」とマスターに声をかける

入ってから今の今まで黙って彼女の仕草を見ていたマスターのスタンは、仏頂面をそのままにグラスを出してジュースを注ぎ、すっと彼女の前に差し出した。

「……保安官さんよぉ、ここはあんたの来る所じゃい。それ飲んでさっさと帰りな」

スタンはベーベにしか聞こえない声で心配そうにぼそぼそと呟く。

彼女はようやく視線を彼に合わせると「は?」とだけ聞き返した

それを聞いたスタンはピクッと眉を跳ね上げ、口をつぐむ。


(こいつ…何考えてるんだ?ここは保安官は歓迎されない、むしろ憎んでるような奴らが集まる場所だってのに)

分かってて来たのか、それともただのバカか…


見ている限りまだ分からないが、こう目の前で自分の髪を大事そうに弄ってるのを見ているとどうも後者のような気がしてくる。

店にいるテーブルに着く客たちも、最初こそは警戒心マックスで見守っていたが、素知らぬ顔つきと仕草に余裕が生まれてきた



すると、入り口に近い席に座る太った男が口を開いて

「おいおいおい!ここを散髪屋かなんかと勘違いしてんじゃねぇのかぁー!? ガキは帰ってさっさと寝てな」

とバカにしたように叫ぶと、ケラケラと笑い声が上がった

太った男の隣に座る気弱そうな金髪の男バターズも「そうだそうだ!カートマンの言う通りだぞ!女の子は帰ってネイルだなんだしてれば良いんだ」

そして口を尖らせブーブーと親指を下に向ける。

「女みてぇなつらしたお前がよく言うぜ。なぁ保安官様よ、ここきて酌のひとつでもしてくれよー、みんなの味方なんだろー」

茶髪の男クライドがテーブルに足を乗せながらオレンジジュースの残ったビンをプラプラさせて笑った。

しかしベーベは気にも止めずに

「あら、ごめんなさい。よく聞こえなかったわ」

ベーベはくるりと向きを変え、テーブルに背を預けながら足を組み直し、手に持つ氷の入ったグラスをカランと鳴らした。

一瞬辺りが静かになる。
今まであんなにうるさかったこの場所が、まるで電源を切られたかのように大人しくなったかと思えば…

どっ、と大笑いが起きた。


「ヒーヒー、何言ってんだこいつ!」

カートマンは机をバンバン叩きながら息苦しそうに言った

この場で笑っていないのは、ことの原因のベーベとマスターのスタンだけ。


ベーベは何やら自信ありげに口の端を持ち上げると、ふんっと笑った

まだ辺りから、からかうような笑いが続く中、彼女は一言

「こ愁傷様」


言い終わるか否か、彼女はまるで目にも留まらぬスピードで腰の銃を引き抜き
頭上の中心からぶら下がっていた照明の根元に弾を一発撃ち込んだ。

銃声が響くと、客たちはみな飛び上がるように驚き各々が銃を抜くなり、姿勢を低くするなり対応をしだす

手馴れているのか皆んな反応が早い。



銃の反響音がまだ響くなか、水を打ったように静まり返るバー。
ベーベは撃ち込んだ姿勢もそのままに、高らかに叫ぶ

「私は!この町の保安官よ!犯罪者の顔は1人残らず覚えてる!大人しく捕まるならこの銃は降ろすわ!」

一気にジュースを飲み干すと、ごちそうさまとコトリとグラスをカウンターに置く。

もちろん奴らから目を離さずに…

辺りを見回すと客の半分程は床に伏せり、残りは机を倒し自らの盾にして陰に潜んでいた。

その机の陰からカチャリ、とこちらに向けられる銃口がいくつも確認できる

「そう、言うことは聞いてくれないみたいね」
「残念だったな保安官。お前は運が悪かった」

倒された机の何処からか、クライドは言った

「お、おい!俺の店で争い事は困る!」

スタンはあわあわとベーベに向かって話すが、彼女は涼しい顔で「弁償はするわ」と視線も寄越さない

スタンは苦虫を噛み潰したような顔をした




…静寂。


聞こえるのは柱時計の振り子が刻む音だけ。

誰もが次の動きを伺っている。
ここで下手に動けば、次の銃声が聞こえるのと同時に穴が空いているのは自分かもしれない。

それはベーベも同じで、先ほど潤したばかりの喉がまた乾いていくのを感じる。

カチカチカチ…

秒針が嫌に大きく聞こえる。

時計の長い針が12にさしかかり…


ボォーン!ボォーン!


大きく響いた時計の音で、客たちは肩を跳ね上げ驚いた

その隙を見逃さなかったベーベは鐘の音に続きもう一発、引金をひいた。

その弾は誰かの体を貫くことなく、一発目と同じ方向に打ち込まれた。

つまりは照明の根元だ。

最初の衝撃で天井と照明とをつないでいた金具はほとんど破損していたが、中のコードには届かず首の皮一枚でぶら下がっていた

そのコードに、二発目を撃ち込んだ。

ベーベは瞬時に身を翻し、カウンターに片腕をついてひらりと飛び越えると、マスターの服を引っ張り彼も作業台裏に引きずり降ろした。

スタンが床に尻餅をつき「ぐえっ」とカエルを潰したような声をあげるのと、落ちて来た照明が派手な音を上げたのは同時だった。


ガシャン!!!!


ガラスの盛大に割れる音

舞う砂埃

所々から聞こえてくるうめき声

ベーベは音が止むまでスタンと一緒にしゃがんでいたが、やがて静かになったのを確認してひょこっとカウンターから頭を出す。

目の前にはひどい光景が広がっていた

まるで手で潰されたケーキのように飛び散る具材と生クリーム。

「…まぁ、死人はいないでしょ」

ざっと確認してみただけだが、ベーベは興味なさげに呟いた

「あ、あんたなぁ」
「なによマスター、助けてあげたんだからお礼ぐらい言ってもらわなきゃ」

ベーベと同じように頭をひょこっと出すスタンは目の前に広がる光景に顔を真っ青にして「やりすぎだろ…」と独りごちた



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