luce

□オムライス
1ページ/2ページ



訳あって彼のもとに戻って来た

昔はいい感じでこのまま一緒になるのかと思ってたけど、でも私から別れて欲しいと切り出した。

好きではあったけど、愛してるのかと言われたらよく分からなくて
このまま彼と老後を過ごす想像もつかなくて。

ベットを一緒に過ごしても、何だか萎えてしまって

このままじゃ、愛してくれる彼にも失礼だし、何より私なんかを好きになってしまった彼の時間やら労力やら、お金やらが勿体無い気がして


どうせなら、私じゃないもっと彼を愛してくれる人と一緒になってくれるのが、彼にも私にも最善の選択なんじゃないかと思って

それで彼と別れた。

彼が仕事に行ってる間に、突然と姿を消した



それから数年

彼のもとに戻って来た。
仕事の都合上だ。

偶然にも取引先が彼の事務所で、書類を渡したいと言えば彼の家に届けて欲しいと言われた

電話口の声は彼だった。


曇りのぱっとしない天気の中、彼の家のチャイムを鳴らす

なんの感情も浮かばない。
あるのは数ヶ月を過ごした見知ったマンションであるという事ぐらいだ

ぼぅ、と待っていると中から女の人が出て来た。

私は目を見開く

彼女はにこりと笑い、どうぞと私を中に通す

リビングに彼は居なく、どうやら自室で仕事をしているようだ。

彼女はお茶を出すと

「まだ仕事が手放せないみたいで少しお待ちください」

と困ったように笑った。

とても笑顔が綺麗な人でつい、

「彼女さんですか?」と聞いてしまった

すると彼女はぴくりと反応したあと、今度は照れ臭そうに笑った。


やはりあの時の私の行動は正解だったのだ。私と無駄な時間を過ごしているよりも、明らかに今の方が幸せそうである。

整ったリビングから伺える2人だけの空間。
彼と彼女の私物で溢れたこの場所からは、私の時からは感じられない暖かさが感じられる


私には無かった彼への愛情が、彼女と話していると分かる

最近出かけたところや、そこで何があったかなど、彼女は嬉しそうに愛おしそうに話してくれた。


何も感じなかった。
…けど、正直を言えば少し寂しかったのかも知れない

見知っているはずの部屋の形は、もう私の私物などなく
あるのは彼と彼女の物だけ。

知らないものと見知った空間が入り混じってとても変な気分がした


これ以上彼に干渉するのもな、と思い手渡しでなく彼女に託して部屋を出ることにした。

席を立ち、リビングの扉に手をかけた時
彼女は

「勝手に捨てちゃってごめんなさいね」

と笑いをこらえたような顔で呟いた。


それは聞こえるか聞こえないかのささやきで、独りごちて喋って居たのだろうが
生憎、私の耳は良いのだ。
しっかり聞こえてしまった


…あぁ。彼はまたハズレを引いたらしい

私みたいに性格が捻じ曲がった人を選んでしまったようだ。
本当に、運がないのか
私のチャンスを無駄にして

特に言い返すこともなく玄関までの廊下を歩く。彼女には見送りは良いと言っているのでリビングで後片付けでもしているのだろう

玄関までの途中に彼の仕事部屋がある

ふと、扉の前で立ち止まった。

今あるのは彼への懐かしさと同情だけ

彼女は私のように賢いとは思えない。きっと死ぬまで彼にまとわりつくだろう。
彼の愛情を真摯に受け止め同量を返そうなどと考えているようには見えなかった

彼という存在に依存しているのだろう。

もらって当たり前、私はそれほどの価値がありだから貴方を側におく。

そうだとすれば、何とも気の毒なことだ

愛情も彼の一方通行だ。
これでは彼に申し訳ないと思わないのだろうか?

扉の向こうからはなんの音もしない。
…寝てるのか読書中か。

まぁ、何にせよ私にはもう関係ないことだ。これ以上彼に関わってはいけない。もう私は他人なのだから

これは彼と彼女の問題なのであって私は他人。部外者。捨てた人。薄情な、人。


深く息を吸ったあと静かに吐き出し、伏せていた顔を持ち上げると

目の前の扉の、小さく開かれた隙間から目があった

思わず体が固まる。

上げかけた悲鳴を飲み込み、息を吐いた

幽霊かなんかかと思えば、まるで子供が様子を伺うように扉の隙間からちらりとこちらを伺う彼の目だった

眼鏡の黒い縁から覗く目は相変わらずで、レンズに反射した光で表情が読めない

彼は黙っている

突然消えた私がのこのこと目の前に現れて怒っているのか、それとも軽蔑の眼差しだろうか

私は何も言えなかった。

すると彼はほんの隙間だった扉をきい、と開き
私の横を通り過ぎざま「ちょっと待ってて」と言いリビングに向かった

残された私は開かれた扉の向こう側、彼の部屋が目に入る

中のカーテンは閉めきっていて、隙間から明かりが差し込む
モノトーンで揃えられた家具はあの時と変わらない。

通り過ぎた彼の残り香は私の使っていた柔軟剤の匂いでは無くなっていた。

きっと彼女の好みだろう。
私には甘すぎる匂いだ

リビングの方から話し合いの声が聞こえる

数分もしないうちに彼女が肩に鞄をかけて彼と出て来た。
無言で私の横を通り過ぎ、私に代わり彼女が家を出ようとしている

靴を履き、鞄を肩にかけ直して、彼の頬にキスをする

その際でも私から視線は逸らさなかった。

まるで蛇のような鋭く冷たい視線。
ほんと、私のように性格の捻じ曲がった人なのだろう。あの目はきっと彼は見たことがないに違いない

「すぐ戻るわ」と彼女は残して、ガチャリと扉は閉まった。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ