luce

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ある日、国中に王の死が広まった。
王は病気により、亡くなったのだ。

そして王子が新しい王となるらしい。


それを祝って、この町でパレードが行われることになった。
この町の中心を通る大きな道に、列となって行進のように王族や、その他の貴族や役人が通るらしい。

マスターはとても喜んでいたし、そのパレードに参加したがっていたがお店のこともあるしと、泣く泣く諦めていた。

なまえからしてみればどうでもいいことだったが、少しだけ王子の顔が気になった。


当日、人混みはすさまじく、パレードが始まる前でも大変な込みようだ。

元から人混みの嫌いななまえは、マスターに頼み込んで喫茶店の屋上へと逃げ込んだ。どうせこのパレードでお客などしれたものだろう

屋上はちょっとした庭になっている。狭い敷地だが、青々とした芝生に、マスターがこだわって育てた花々。小さなバラのアーチを抜けた先には、ペンキの禿げた白いベンチが。

なまえはそのベンチにどかっと座り込み、すぐ背中の柵の隙間から、眼下に広がる人混みの様子を眺めていた。

気持ち悪い。

はぁ、とため息を吐いてまぶたを閉じる。まだ昼前の外は涼やかな風がそよいでいて、芝生の青臭い匂いと咲きざかりの花の香りが鼻腔を優しくつく。

耳にはがやがやとした人の音が聞こえるが、今の場所からすると別の世界の音の様で少し心地よい。

これでマスターのコーヒーがあれば、最高のサボり日和だ。


いい眺めだね。


振り向けば、そこにはしばらく会っていなかったあの男が立っていた。

屋上の扉の開く音はしなかった。足音もなく、その男は今なまえの目の前に立っている。

顔に皺をよせ、睨みつける。

男ははにかんだ様に、久しぶりに会ったのに、その顔はないんじゃないか?と笑った。


人の庭に勝手に踏み込んどいてよく言えるわね
会わない間に、ずいぶん綺麗になったね
黙れ。
まぁそう言わないで
黙れって言ってるでしょ!
…分かったよ


肩をすくめると、何もいわずに勝手にベンチの反対側に腰掛けた。

一人分の重みで軋んだベンチが、なまえに伝わる。


暫くの沈黙

辺りにはそよぐ風に揺れる草花の音と、下から聞こえる賑やかな騒音だけ。

唐突に、なまえの口が開いた



あんた、一体なんなの?
何なのって、僕は僕だよ。
答えになってない。
それじゃ駄目かな
私ははっきりさせたいの


徐々に諦めたような口調になるなまえ。
それにあわせて男の口調も幾分柔らかくなる。


なぁ。
なに?


視線だけ向けると、男は手招きしている
寄れってことか?

…でも、近寄るのは嫌なんだよなぁなんかまた頭痛くなりそうだし。

しかし以前手招きをつづける男は、口元に手をかざし、耳打ちのしぐさをする

聞かれたくないことか?

なぜかビクビクしながら男との距離を縮める。



じれったいなぁ。もっとだよ
…。


じりっと寄るが


僕が行くよ


と、ぐっとつめられ
驚く私をよそに、耳に彼の手が添えられ囁かれた。


…っ、はぁ!!?
どうかな?
何言ってんのお前! 気持ち悪い!!


ばっと席を立ち、後退る


失礼だなぁ。僕は本気だよ
そ、そんな、無理に決まってんでしょ!?
今は、そう言えるだけさ
い、今はってなによ
ほら、座って
座れるか!
ふぅ、じゃぁ距離開けるから

彼は元の端に座る
なまえもしぶしぶ端っこに腰掛けたが、さっきよりも警戒心をあらわにしてる。


君の小さかった頃の記憶って、覚えてるかい?
…そんなの覚えてない。
少しも?
あの女と最低な親父の間に生まれたって事位しか知らない
それは、本当に正しいのか?
…何を知ってる
少なくとも、君よりは。
意味わかんない。

はぁ、と溜息。


最近、頭痛の方はどうだ?
特に、何も。
じゃぁ思い出せるはずだ
はぁ? さっきから何言ってるの
君の記憶は、もう取り戻してるはずだ


いつもより真剣な目線を向けられ、なまえは視線を外し席を立つ。


…もう十分でしょ。ここに来たことはなかったことにしてあげる。もう私の目の前に現れないで。2度と
なまえ…
その名前を呼ぶな!


その名前を呼ばれる度に頭痛がする! まただ! 近くにあった花を一輪ナイフに変え、男の首元に突き出した。
男は動じない


もう、これ以上関わるな! お前には関係ないことだろ!! なんで昔から… ずっと、ずっと… 付きまとってくるのよ!
それは誤解だ。僕は君を見守っていたんだ。
今度はストーカーだとでもいいたいの?殺すわよ⁈
…君には出来ない
っち、甘く見んじゃねぇよ!


ナイフを横になぎ、男の左肩を斬りつける。
男は顔を歪めただけで、少しも引かなかった


これで分かったでしょ! 早くどこかに消えて!!


さっきから頭痛がする。視界がじょじょに歪んでいく


なまえ…
黙れ!!


男が立ち上がり一歩近づく。
女は一歩下がる。
確認する様に一歩一歩進める男に、なまえは旋回しながら視線を光らせる

また一歩距離を縮められ、下がろうとすると花壇に足を取られ、どさっと座り込んでしまった

あぁ、せっかくのパンジーが…



なぜ僕を拒否するのか、分かるか?
お前が嫌いだからに決まってんだろ!
違う。
言い切るな! 何が分かる!
君の小さい頃から、僕は知っている
だ、まれ…


頭痛がひどくなる
持っていたナイフを落としてしまった

また男が近づく気配がする


なまえ、思い出してくれ。


そっと何かが伸びてきたかと思うと、男の手が頬に触れた。

びりっと、彼女の脳内に今まで断片的にしか思い出せなかった映像が、記憶として流れ出した。


なまえ。


その名を最後に、彼女の意識はまた無くなった。



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