luce

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王子は行き場のない手を引っ込めると、笑顔を作り喋り出す。


そうだ、ちょうど良いところに来たね。今この執事に頼んでいたお菓子がやっと手に入ったんだ。一緒に食べない?
そ、そんな滅相もないです!
王子が言っておられるのだ。2人とも遠慮せずに。
ね?
…この後用事があるので


会釈して帰ろうとするなまえだが、王子がその手を取った

途端にまた脳の奥が電気のように痺れ。少し足元がふらついた、が何とかこらえる


どうした?
…いえ、少し立ちくらみがして


どうやらあの男にそっくりな王子は、私のことを知らないようだ。
あの男と同一人物ではないみたいだし、怪しい動きをすればそれこそだ。

大人しく茶会に出ることにした。





しばらくの他愛のない会話が広がる。主に侍女が喋ってくれるのでありがたい。

廊下から庭を一望できるテラスに移動し、四人仲良くテーブルを囲んで座っていた。

茶や、お菓子を取る時に執事が立ってやってくれるくらいで、あとは穏やかなものだ。

…王子だからといって、こうも侍女や執事なんかと同じ席に着いていいものなのだろうか


ふふ、まるであの時に戻ったみたい。ね、なまえ
ん?なまえ…さんでしたか?


ぴりっとした空気がなまえから発せられ、はっと口を噤む侍女

しかし執事には聞こえていたらしく、怪しむ目を向けられるが王子は何事もなかったかのようにお茶を楽しんでいる


あ、あの… その…
昔のあだ名です。
そ、そうなんです! ちっちゃい時から一緒で、久しぶりに会ったから…うれしくて。


最初はあたふたな説明だったが、徐々に懐かしむような口調になる侍女。


それは…本当なの?
はい。
あ、あの、信じてください!


沈黙の後、分かった。信じよう。と笑う王子
顔には出さず安堵するなまえ

すると丁度時計の音が鳴り、その茶会はお開きになった。


別れ際、王子がもう一度握手を求めてきたがそれとなくやり過ごした…



お茶会後、侍女となまえは彼女の部屋に戻り、先程の軽率さを叱咤する。

王子にはただの無愛想な侍女だと騙せた思うが、執事の目付きが変わっていなかった事をなまえ目ざとく理解していた。
今夜中に事を終わらせなければ







そして夜。

人の顔が確認できないくらいに暗くなった頃。夜中の2時程

侍女の飲み物にあらかじめ持ち込んだ薬を混ぜ、ベットに寝かした後
今日の昼頃に手に入れた城の見取り図で作戦の確認をしていた時、突然部屋のドアが開かれた。

扉を開けたのは王子だった。
隠れる暇もなく、見つかってしまったなまえ。



…女性の部屋に入るのに、ノックはして頂けないのね
これは失礼。
私に何か御用でしょうか。それとも新人にはまだ信用がありませんでした?
いや、信用しているさ。君はみょうじちゃんだろう
では、なぜこの様な所に?
そこで寝ている彼女を指定の時間に呼んだんだが、なかなか来なくてね、心配だったのさ。
直々に貴方様がいらっしゃるのね


王子は後ろでに扉を閉めた。
手に持つ楼台が、ゆらゆらと怪しげな光を放つ。
王子には、背にある窓から差し込む月明かりでなまえの表情が読み取れずにいた。



…。本当に覚えていないのか?
何を言ってらっしゃるんだ?お前も、そこの女も、あの執事も…何なんだよ!


頭に痛みが走る。ふらつく。
王子が駆け寄ろうとしたが、大声で止めた
静かだった部屋につんざく声。その後の静寂がさらに耳には痛かった



今日一日ずっとこれだ… こんな事今まで無かったのに。お前らといると頭が割れそうだ
…痛むのか
黙れ。関係のない事だ。…またいつか、ここに忍び込み、息の根を止めてやる


背後の窓から飛び降りた。
王子が何か言っているようだったが、はなから聞く気などなかった。

頭が痛い…





あの日から調子が悪くなる一方だった。事あるごとに見たことの無い幼少の頃の様な映像がちらつく。

毎日綴っていた日記も無くすし…
どこに落としたんだろう

仕事にも支障がでそうだ。


ふらふらと通いつめた喫茶店によると、そこにはあの男がいた。
やはり王子にそっくりである。

向こうも私に気づいたのか、飲みかけのカップを置いて視線をよこした。


なまえはいかにも嫌そうな顔をして、開ける途中だったドアをまた閉めた。そして舌打ちを一つすると場所を変えようとその喫茶店を後にした。

特に追ってくる事もせず、去り際のガラス越しにちらっとあの男を見れば、その場所には飲みかけのカップしか置いていなかった

…見間違いか?
何なんだよ、畜生。




何年か経つと、なまえも盗みや裏の仕事をこなす事は少なくなり、働き出した。

歳はもう二十歳ほどになっただろうか。悩まされていた頭痛も、今ではすっかりなくなり気分も軽い。

働くと言っても、あの通いつめてた喫茶店のオーナーに人出が足りないと頼まれて、そこで仕事をしているだけだ


悪事が減ると同時に、あの男が私の前に現れることも少なくなっていった。

同時になまえの記憶からも忌々しいあの男の顔がぼやけてしまった。今では輪郭を残して、まるでのっぺらぼうの様にしか思い出せない。


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