luce
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小さい頃。
まだ幼かった王子と、幼かった私の頃。
他にも少し年上の執事みたいな男と、同い年の侍女みたいな子がいた時。
よくその4人で遊んでいたみたいで、毎日のように広い広い手入れの行き届いた、お城の庭の片隅で集まっては笑っていた。
ある時王子が、こっそりとなまえに頼まれて白黒の対になった首飾りを持ってきてくれた。
綺麗な、透き通った玉で出来ているもの。
真ん中には光を跳ね返す、キラキラした宝石もついていた。白い方には青い小指の爪ぐらいの石。黒い方には同じ大きさの赤い石が
何処かの国から送られた、王子のお気に入りの首飾りだった。
それをなまえは嬉々として白いほうを首にかけ、楽しそうにはしゃいだ
王子とお揃いだね、なんて微笑みあってる時
不意に彼女の母親が現れ、わけの分からぬ事を喚きながらなまえの手を引っ掴み、王子の制止も聞かずその場から連れ出されてしまった
っ、どうしたの母さま?
早く!いいから来なさい!
それ以来、なまえは王子と会う事はなかった。
この事をなまえは忘れているが、王子の方は覚えていた。
ずっとずっと、名前も思い出せない幼いままの彼女の顔を
去り際に叫んだ、悲痛な彼女の声も王子は覚えていた。
この国の、ある限られた血族には特別な能力を持っているようだ。
国を治める王の一族と、それを守る唯一の一族。
なまえは、王に仕える護衛の一族の生まれなので、その特別な能力とやらを身に付けていた。
触れたものを刃物に変えられることが出来るのだ。もちろん植物だろうが石だろうが、その大きさに見あった刃物を生成できる
幼い頃から様々な訓練を積み、一族の中でも優秀な出来で、みるみる頭角を現して行った。
そんな人知れない、血塗られた指さされ者のなまえにも王は優しく接してくれた。
どの位の人間だろうと平等に相手し、王子と遊ぶことだって咎めなかった。
だが突然王子の前から姿を消すことになってしまったのは、彼女の父親が死んでしまい、母親の立場が無くなってしまったからだそうだ。
元から母親の性格は醜悪で、わがままを言っては大抵父親にすがりつき泣いていた。
もと娼婦上がりの、金に汚い女であったが、教養はあったようで
父親との出会いには、自らの素性を隠し、子を孕ますまでに何とかこぎつけたのだ。
父は優しい人であったから、子が出来たことを喜び、女を妾として迎え入れたのだ。
だが、その父親が死んでしまったので拠り所をなくした母親は、その時にいた情夫の元へと身を移す事にしたのだった。
なまえの父親の直接の死因は、王の警護時のときに庇って死んでしまったのだと聞く。
王はこの事をすごく感謝しているようで、なんならその子供、なまえを王子の嫁になんて周りにほのめかす事もあったくらいだ。
だかそれは叶わぬ事
互いの血族が交わることは、掟で定められている以上、認められないことなのだ。
数年が経ち、物心がつく頃。
なまえの顔から表情は消えていた。
情夫たる、新しい父親が耐え切れないほど腐った奴だったからである。
辱めを受け、暴力も振るわれ、こき使われる。
そんな彼女を母親は口を出すだけで助けてはくれなかった。
来る日も来る日も、同じことの繰り返し。
ある日、なまえは家を飛び出し独りで暮らす事に決めた。
持ち物は毎日綴っている日記と、洋服、両親から盗んだ金、そしてよく覚えていないがなぜか大切にしたいと思っている首飾りくらい。
何故だかこの家に来てから前の記憶が思い出せずにいた。
何故だかわからない。
遡ろうとすると、刺すような頭痛と目眩に襲われるのだ
この時、なまえが昔の記憶を思い出せずにいるのは昔遊んだ侍女の能力のため。
遠く離れてしまったなまえの昔の記憶を消すことによって、王達の情報を漏らさぬようにしたのだ。
昔は高貴だった事を忘れさせ、元からこの暮らしだったのだと思い込ませた。なまえから記憶を閉ざしたのだ。
この事をなまえは知るよしもない…
なまえは家を飛び出した後、盗みを働き生計を立てていた。
生きるためになんでもやった、だが彼女でもやらない事はいくつかある。
一つは売春と、一つは人と深く関わらない事。
しばらくは小さな盗みを働きながら、裏の仕事をこなすギャングのようなチームに加入した。
この小さな国の中でも1番幅をきかせているチームだ。
加入したての頃は酷くこけにされた。女であり、チビであり、ガキである。最初こそ取り合ってはくれなかったが、私が能力持ちと分かると笑顔で迎えてくれた。
こちらだって生活がかかっているのだから、1人や2人は殺そうかと思っていたが、手間が省けたのでありがたかった。
能力持ちは大変珍しい。
なんていったって、二つの血族にしか生まれないからである。時には高額で取引されることもある。
どんな経緯だろうと、隠し子だろうが、強姦で孕ませた子だろうが、その血が少しでも混ざれば能力持ちになるのだから
だから捨て子でも、能力を持っていれば大手を振って外を歩けた。まぁ裏の道だけであったが
すると、なまえの入った次の日あたりにまた新しい奴が入ってきた。年上の女であった。彼女も能力持ちのようで、同じ待遇を受けた。
能力持ちは重宝されたので、よくコンビを組まされた。
彼女の能力は性別を操れる事らしく、戦闘力はなまえの足元にも及ばなかったが、機転がきいて、観察眼も鋭く、まるで策士のようだった。
考えるのが面倒ななまえには、とてもバランスのとれた相手だ。
一つ気に入らないことを上げるならば、標的のとどめをなまえにやらせてはくれない事ぐらい。
前に一度、何故か聞いたことがあるが
年上だから。
と、一蹴されてしまった。のでそれ以来聞いていない
たびたびなまえを助けてはくれたが、深く関わらないようにしているからか、仕事以外の関わりは持たなかった。
なまえの名はあっという間に広がり、色々な人から狙われるようになった。
時には国から送られた護衛とか言う連中も相手にする事がある。
しかしそんなある時、目の前に同い年くらいの男が現れた。
丁度チームに入ってから1年が経とうかと言う時だった
標的を足元に転がし、まさにとどめを刺そうとしていた時
その男は突然目の前に現れたのだ。
音もなく、気配もなく。
まるで手品のように
なまえは訝しむ目を向けるも、相手は哀れそうな、懐かしそうな目線を送るだけ。
何の用?
…。
さっさと帰らないと、これと同じ様になるよ
…。
脅してみるが動じない。
気味が悪くなってなまえはその場を後にした。
何だかあの男の顔を見ていると胸が悪くなるからだ
それからと言うもの、事あるごとにその男が目の前に現れるので、意識的にその男が苦手になった。
何をしてくるでもなく、突然に現れて皮肉を漏らすだけ。
この前なんて、君には凶器よりアクセサリーの方が似合うよ、なんて言うものだからつい奇声を上げてしまった。
それに何だか分からないが、体の奥底からざわざわと訳の分からない感情がこみ上げて来そうで怖かったのだ。
まるで監視でもしているかの様に、仕事をしている時に限って現れる。何なのだ。
ある日、偶然町で会った
1人で食料の買い出しに町へ出向いていた時。曲がり角で偶然にも鉢合わせてしまった
なまえはその時も嫌な顔をして、一言も発さずその場を去る。男はただ黙って彼女の背中を見送った
…やっぱり嫌いだ。
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