ちょこっと図書室
□奪還不可能
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「次の予定って何だったかしら?」
ポルシェで移動中、空いていない窓から外を見ながら訊いてくるネネに、スケジュールがびっしり書き込まれ見続けていると文字酔いでもしそうな手帳を開いて今日の予定を読み上げる。
「海外の有名な映画監督からの招待で新作映画の試写会。終わったらその映画の関係者・スポンサー達によるパーティーで昼食とって、その後は天野財閥が新しく建てたコンサートホールで石田株式会社社長と一緒にクラシック鑑賞。それから…青沼コンツェルンの御曹司様と某高級ホテル最上階にてディナー」
読み終わってパタンと手帳を閉じれば、窓の外へ向いていた視線はこちらに流れ、昔っから変わらない少し人を小馬鹿にしてるようなにっこり笑いを俺に向けてくる。
「ありがと。良く出来ました」
「そのガキ扱いやめろっての」
「あら、それはお互い様でしょう?主人にタメ口」
「気持ち悪いから普通に喋れって言ったのは誰だよ」
ビシっと指を指してやれば、目の前のお嬢様はお上品に口元に手を当ててクスクスと笑う。
「ったくお前なぁ…む、電話か。……Hi?」
携帯に出ると相手は天野の取引先の海外部門からで、俺はネネのスケジュールを手帳で確認しながら英語で対応した。
話を終え通話終了ボタンを押したところで気づく、ネネがじぃっと俺を見ていた。
「何だよ?」
「あの勉強嫌いだった大が、英語話してるなんてね」
そう言ってまた可笑しそうに笑う。
俺は、自慢じゃないが小学校の時から通知表には毎度のこと煙突が沢山並ぶ工業地帯を作っていたほどの勉強嫌いだった。得意な事といえば、喧嘩。暴れることだけが生きがいだった。殴って、壊して、目の前に立ちふさがるもんがありゃ容赦なく殴り倒してきた。
そんな俺が…
「きっと先生が良かったのね」
「どーだろな」
女にうつつ抜かすなんて、思ってもみなかった。
ちっせぇ頃からずっと一緒で、高校まで一緒に行って、卒業したらどうするんだ?って聞いたら、お嬢様よ、なんて普通冗談だと思うだろう?まさか本当だとは思わなかった。
聞くと、高校までは自由にしていてもイイと言われてて、卒業したら社長令嬢として家の事を手伝わなければならないとの事だった。もちろん過密スケジュール、国内外色々飛び回ったりもする。今までの友達と何処かへ遊びに行くなんてこともそうそう出来ない。
もう、会えないかもしれない。
そうなってから、俺は自分の気持ちに気付いた。
どうにかして一緒に居られないかと考えて、喧嘩が得意ならボディーガードでもやったらどうだ?と冗談だったらしいがトーマに言われ、俺は勢いで天野の会社に自分を売り込んでみたが門前払い。頭の悪い奴はダメだと。
その後、トーマに頭下げて英語やらその他もろもろ必要な知識を叩き込んでもらって、今に至る。
傍に居たい、ただそれだけの為に俺はここにいる。
「…何やってんだろうな、俺…」
「ねぇ、大」
「あ?」
昔の事思い出しながらぼーっとしてた俺に、視線は前に向けたままネネが聞いてくる。
「嫉妬してるんでしょ?」
「嫉妬って、誰に?」
「青沼」
「ああー…」
知ってるくせに、コイツは意地悪だ。
「親のいいつけなんだろ?俺が兎や角いうことじゃねぇ」
「あら、拗ねた?」
「誰が。…で?お前はどうなんだよ。その…」
「キリハ君のこと?」
分かってること、それでもふと思って時々訊くんだ。
「好きよ」
聞く度にチクリと胸が痛む。
「自分では世渡り上手だと思ってるけど、結構不器用、そんな人。でも頭は良くて、ジョークも言えて、真っ直ぐで、とってもいい人よ」
ソイツのこと話してる時に、ほんのり頬を染めるネネ。綺麗だと思う。だが、見てて悔しいとも思う。
「そらよかったな」
「やっぱり拗ねてる。可愛い人」
そう言って綺麗に笑う。
「…本当なら、かっ攫っちまいてぇんだがな」
「そうすればいいじゃない」
俺の気持ち知ってて、そんなこと言ってくる。
「それが出来りゃ苦労しねぇよ」
「勝ち目のない戦いだと分かってるのに、未だにここにいる。引き返そうと思えばいつだって出来るのに」
「俺が決めたことだ。それに、男に逃げはねぇ」
「あきらめの悪い人、嫌いじゃないわよ?」
「なら付き合え」
「良いわよ?二番目でよければ」
「……………」
「私はキリハ君のもの。だから、」
その先を聞きたくなくて、奪うように口づけた。
それでも心は奪えない。