ちょこっと図書室

□まっしろおんぷ
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淑乃「はぁ〜…本当に、最悪なんですけどぉ…」

久々のオフ。今朝カーテンを開ければ晴れ晴れとした青空が広がり絶好の遊び日和。前々から友達に誘われていてルンルン気分でおしゃれして街に繰り出した。…までは良かった。
行きでお気に入りのヒールの踵が折れた、待ち合わせ場所に着いたら友達から急に遊べなくなったとの電話、あんなに綺麗に晴れていた空からの突然の雨、何か色々落ち込んでてもすぐ慰めてくれるララモンはDATSで一日泊まりがけで健康診断…もう誰か慰めてよ…

そんなことを考えながら歩いていたら自分の住んでるマンションが見えてきた。
ついでに、本当についでに、なにか余計なものまで見えてきた。
茶色い毛をした掴み心地の良さそうなしっぽをつけたワンコがマンションの入口にちょこんと座り込んでいた。あらかわいい。でもダメよ淑乃。ワンコってのはちょっと構うとすぐ付いてきちゃうんだから。

淑乃(そうそう、気にしちゃダメよ淑乃。他人の振り他人のふり…)
大「お?淑乃!何でお前こんなとこにいんだ?」

…チッ、見付かった。

大「…今心ん中で舌打ちしただろ」

トーマ曰く人の気持ちに鈍感なこの男は、こういう事にだけはやたらと敏感だった。

淑乃「してないしてない。て言うかアンタこそ何でここにいんのよ。学校からも家からも遠いんだからこの辺り通ることなんてないでしょう?」

そう私が逆に質問すると、折り曲げた膝に肘を突いて頬杖を付きながら、いつもの暑苦しい熱は何処へやらのんびりとした口調で話しだした。

大「ガッコのダチがこの辺の病院に入院してて見舞いに来たんだ。入院って言っても軽い盲腸だから大丈夫らしいけど。そんで帰ってたら雨降ってきてここで雨宿りしてりゃ止むかなぁって思って待ってたら…余計に降り出しやがって帰るに帰れなくなった」
淑乃「ふーん」

至極どうでもいい。そんな風な相打ちを打つと今降ってる雨みたいにジトっとした目で見上げられた。

大「俺話したんだからお前も言えよ。何でここに?」
淑乃「家に帰ってきたのよ。悪い?」

意地悪に、ちょっと突き放した感じに言ってやった。にも関わらずコイツは一瞬きょとんとした後、直ぐにパァっと表情を明るくした。しまった、言わなきゃよかった。

大「家あげt「ダメ」…いいじゃんか!年上のお姉さんは年下に優しくするもんだろ!?」

やはり面白そうな匂いを嗅ぎつけたこのワンコは私の家にあがりたいと言い出した。まぁ確かに真冬の外にずぶ濡れの状態で放置するのはあまり良くないし、ここはあげてあげるべきなのかもしれないけど…

大「あ、もしかして部屋散らかってるとか?んな細けぇ事気にしねぇって!」

思いっきり確信を付いてきて、しかも完全に部屋にあがる気満々のコイツ。ちょっと待って、散らかってる部屋に人を入れる事は全然細かいことじゃない。年頃の女子的に有り得ないわ。

淑乃「ダメったらダメよ!」
大「いいじゃねぇk…ふぁ…ハックション!!ふぁあ…何か冷えてきた…」
淑乃「………」

私も大概人がいいらしい。仕方なく、本当に仕方なく、中には入らず玄関までならと言う契約のもと大を家にあげてやった。

淑乃「ちょっと待ってなさい。今タオル持ってくるから」
大「おーう」

馬鹿は風邪ひかないって言うけど、もしひいた場合小百合さんや知香ちゃんが可哀想だから程々に急いでタオルを探す。…が、ここであることに気付いた。洗濯物、どうしてたっけ?

淑乃「…あああああああああああああああああああ!!!?」

思わず絶叫してしまいその悲鳴を聞きつけた玄関のマサルが何事かと家の中まで入ってきてしまった。あぁ…ほんっと最悪だわ…。

大「オイ!?どうしたんd……」

部屋の有様を見たマサルは明らかに呆れた目をこちらに向けてきた。今朝気合入れて一人ファッションショーを開催した名残で部屋の中には足の踏み場もないくらいに服が散乱している状態。こんな部屋他人に見られたくなかった…すいませんララモン様普段から片付けはキチンとやるようにって言ってたの聞かなくてすいません。

淑乃「はぁ〜…あぁっ!!洗濯物!!」

急いでベランダに向かうが時すでに遅し、ぐっしょりと濡れた洗濯物は部屋の中に取り込むには困難だった。し・か・も、最近雨続きでタオルを使う頻度が高かった為に家の中のタオルというタオルが昨日洗濯されていた。つまりはこの家には今濡れた体を拭き上げる物は何一つ無かったのだ。

淑乃「うわぁ…」
大「…なぁなぁ」
淑乃「んん?あ゛ぁ!!?アンタ何ずぶ濡れで部屋上がってきてんのよ!!」
大「お前がいきなり悲鳴あげっから駆けつけてやったんだろうが!なぁタオルまだか?タオル!」
淑乃「無い!!」
大「はぁ!?」

もう、本当に最悪なんですけど…これじゃ何で家にコイツあげたんだかわかんないじゃない…あ、ちょっと泣きそうだわ…

淑乃「はぁぁぁぁ〜…取り敢えずコインランドリー行ってくるから大人しくしてなさいよ?勝手にあちこち触らないこと!寒くないよう暖房は入れといてあげるから、分かった!!?」
大「分かった分かった。早く戻ってこいよー」

このやんちゃボウズが言われた通り大人しく待っているなんて絶対にないだろうと思いながらも拭くものが何一つ無いとなるとやはりコインランドリーに行かざるおえない。私は渋々マサルを部屋に残し、水を吸って重くなった洗濯物をもってコインランドリーに向かった。幸いコインランドリーはマンションのすぐ前で運ぶのにはあまり苦労しなくて済んだ。

淑乃「あーあ、何で今日はこんな良い事無いのかしら…」

ドラム式乾燥機の中でぐるぐると回る自分の洗濯物をぼんやりと眺めながら今日一日の事を考えてため息をついた。友達とは遊べないし天気は悪いし可愛げのないワンコが家に上がり込むしララモンは居ないし…
外を見れば重たい雲が泣き止む気もなく大泣きしてる。見てるこっちが泣きたくなるわ。回る洗濯物に洗脳されたように頭の中もぐるぐる回って同じことばっかり考えてると乾燥が終わったことを知らせるけたたましい電子音に現実に戻された。

淑乃「んっしょっと…ただいまー」
声を出して帰宅を伝えたが返事が帰ってこない。ふと不思議に思い洗濯物を持ったまま部屋に向かうと…いたいた。茶色のおっきいワンコと金髪青目の妖精さんが……………………は?

淑乃「何で増えてんのよ!!?」
大「お!淑乃お帰り!」
トーマ「あの、勝手に上がり込んでしまって申しあわけありません」
淑乃「何でいんの…?て言うかマサルそのタオルどっから持ってきたの?」
大「ああ、淑乃出てくのベランダから見てたら遠くの方にコイツ見付けて呼んだんだ!タオルは洗面所に掛けてあったの見付けた」
淑乃「勝手に人ん家あげないでよ!!…洗面所は盲点だったわ。ところで何でアンタまで外歩いてたのよ?いつものリムジンは?」
トーマ「タイヤがパンクしてしまいまして…天気も良いし折角だから少しこの辺りを歩いてみてたんですが突然雨に降られて雨宿りしていたらここからマサルに呼ばれて」

うーん、まぁ良いわ。馬鹿は風邪ひかないって言うけど天才くんはきっと風邪ひいちゃうんだろうから。部屋を見られるのは全然良くないけど。って、あれ?二人が床に広げて見てるのは?

淑乃「きゃああああああああああ!!?」
大「うおっ!?」

殆ど倒れこむような勢いで二人が眺めていたものの上に覆い被さった。

淑乃「何で人のアルバム勝手に見てんのよ!?部屋の中勝手に漁るなって言ったでしょうが!!」
大「漁ってねぇよーだ。見に付くとこにあったから引っこ抜いただけだ!」
トーマ「すいません、一応止めたんですがなかなか聞かなくて」

いやいや、止めたって言っても一緒になって見てた時点でアンタも同罪よトーマ。

大「でもちっせぇ淑乃は泣いてばっかだなぁ!」
トーマ「笑った顔は実にキュートだったな」
淑乃「言うなあああっ!!!///」

中坊が大人をからかうんじゃなああああああいっ!!!!!二人してニッヤニヤ私を見るな!私はおもちゃじゃないっ!もうホント最悪なんですけどぉ…いっくら注意してもマサルは目に付いたものを手当たり次第に弄っていくし、トーマはトーマで部屋の中をこれでもかてくらいじーっくりと眺めちゃってるしィー!!!

大「あははっ!あ、なぁなぁこれ淑乃の家族か?」
淑乃「そうよっ!!もうアンタはタオル使って拭いたんならもう帰んなさい!傘貸してあげるから!」

これ以上、いや既に荒れてるけど、これ以上部屋を荒らされたんじゃたまったもんじゃない。私はマサルとトーマを無理やり立たせるとグイグイと背中を押して部屋から出そうとした。けど、まだ遊び足りないのかマサルは抵抗してその場で脚を踏ん張った。

淑乃「かぁ〜えぇ〜れぇ〜ッ!!」
大「いいじゃんもうちょい!まだ服乾いてねぇし、乾くまで!」
トーマ「コラっマサル。あんまり淑乃さんを困らせるんじゃn…うわっ!?」

取っ組み合いをしていた私とマサルに押されてバランスを崩したトーマはグラっと傾いたかと思うとタンスに思いっきり背中をぶつけて痛そうにその端正な顔を歪ませた。

大「あーあ、淑乃が押すからぁ」
淑乃「アンタのせいでしょうがッ!トーマ大丈夫?」
トーマ「イタタ…ええ、何とか…おや、これは?」

トーマが思いっきりタンスにぶつかったその振動でタンスとタンスの隙間にしまってあった物がガタっ音を立てて倒れてきた。何やら埃を被った縦長な箱。

大「ん?何だこれ?」

倒れてきたそれをタンスの隙間から完全に引っ張り出してふぅーっと箱に付いていた埃を飛ばした。

淑乃「あー、そんなとこに仕舞ってたかぁ」
トーマ「どうやらキーボードのようだね」

忙しい毎日が続いていた為、あと何処に仕舞ったか自分でも忘れていた為にずっと弾いてなかったキーボード。マサルはおもむろに箱からキーボードを取り出すとスイッチを入れてデタラメに鍵盤を叩いた。何のメロディーにもならない適当な単体の音。音。音。
本当になんの計画性もない音の並びにトーマは呆れたようにその様子を見ていた。本当に適当な音の並びだけど、何だろう、音を聴いていて何だか自分の中の何かがウズウズとする感覚を覚えて、気が付けば私はキーボードの前に陣取っていたマサルを押しやって鍵盤に指を並べていた。

トーマ「写真にもありましたけど、淑乃さんピアノ習ってたんですね」
大「へー、何か弾けんのか?」
淑乃「これでも小さい頃はちょっとした賞くらいは獲った事あるんだから」

音を確かめるため人差し指で鍵盤を一つ叩いてみる。本物のピアノとは違うがとっても似た電子音が部屋に響いた。何故か少し緊張してるのかドクンドクンとなっている胸を鎮めるため一度目を瞑って小さく深呼吸をしてから指を動かした。
小さい頃好きだった曲を好きなように弾いてみた。もしかしたら隣の部屋の人にも聴こえるんじゃないかと思ったけど外の大雨の音でその心配はなさそうだった。ゆっくり弾いたり、早く弾いたり、滑るように跳ねるように踊るように音が部屋に響く。
知っている曲なのかマサルの方からは鼻歌らしきものが聴こえてきて、トーマの方からはリズムを取るようにトントンとフローリングの床を指で叩く音が聴こえてきた。何だか三人で小さな演奏会をしているみたいだと思って弾きながらクスッと笑うと二人も釣られたようにクスッと笑った。

淑乃「二人共音ズレてるわよー」
トーマ「僕はズレてません。マサルです」
大「おいトーマ、今淑乃が二人共ズレてるって言ったろーが」
淑乃「ふふっ」

今日はあんまり良い事無かったけど、今はそんなに悪くはない。重たい気持ちが無くなるみたいに空から落ちてた雨粒達もいつの間にか雪になる。白い雪はふわふわ浮いて、私達のメロディーみたいにあっちこっちに飛んでいく。ふわふわ真っ白まっしろおんぷ。重い気持ちも舞い上がる。


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