ちょこっと図書室

□俺の愛した…
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真っ暗だ。

真っ暗な闇。

今日は新月。いつも周りを明るく照らしてくれてる月も顔隠して、頼りない星屑たちに代わりの番をさせている。

俺は森を駆ける。アイツに会いに。
ざわざわと葉音をさせる木々たちは今日はしおらしいくらい静かで、聞こえるのは俺の鼓動と息遣いだけ。

屋敷に着いて静かに窓に飛び乗る。部屋の中には俺の大好きなアイツ。

「マサル」

俺が名前を呼ぶとヤツも俺の名前を呼ぶ。俺を呼ぶ優しい声。
コイツは部屋に入ってきた俺を優しく包み込む。何か擽ったくて笑った。
星の明かりみたいに頼りなさげな光を持ったお前は俺を見て愛しそうに微笑む。

「…もうすぐ、日、昇るな」

「…ああ」

俺の腰に回された腕、そんなに太くないのに俺の方が細くなっちまったな。
細くなってコイツが腕を回すのが容易すぎるほどになった俺の腰。
コイツに付けられた印が残る俺の首は簡単に潰せそうだ。
そんでコイツの頬に添えてる俺の手は、指は、文字通り骨と皮だけで、やろうと思えば簡単に折れてしまいそうな程。




俺は一度、コイツを殺しかけた。
泣いた。殺したくなんてないのに、俺はコイツの命を奪おうとした。
吸血鬼は人の血を喰らわないと生きていけない。俺はこの町の厄災だ。いちゃいけない。

この町にはたぶん大昔から吸血鬼がいた。そんで古くからこの町には“シキタリ”ってやつがあって、町の住人を守るために当主の子供がその身を捧げられるらしかった。松明をもった町の住人達が怖い顔してそれを伝えに来た。

怖かった。町の住人がじゃない、俺自身が。
生きるために知らない人間の血を吸う。そいつの運命を奪う。一生懸命生きている奴の命を奪うのが嫌で、時々夜の町に繰り出しては気の狂った殺人鬼なんかに襲われそうになっている娘なんかを見付け、俺は殺人鬼の首筋に牙を立てる。
こんな腐った人間の血が旨いはずない。吐いてしまいそうな程不味いとまで言えるが生きるためには仕方なかった。
血を吸ったあと、道に座り込んでいる娘に手を差し伸べる。娘は血に濡れた俺を見ると、甲高い悲鳴をあげ、俺は他の人間が来る前に小さく溜め息を吐いてその場から立ち去る。

もうたくさんだ。こんな生活。
そう思って暫く血を吸うのを我慢して我慢して我慢して…ひと月堪えるのも辛かったが、これで終われるならそれでいい。そう思った。

…それなのに…俺はアイツに、トーマに出会った。


俺は只々空腹で、町の住人に言われた通りその屋敷の前に来た。サッと窓に飛び乗り中を覗くと…居た。
月の明かりに照らされてうっすら金色に輝く、月の色をした髪の俺と同じくらいの見た目の男。目を瞑っていてこちらには気付いていない。
俺は窓に座って暫くその様子を見ていた。

暫くして、目を開けた男は俺に気付いて一瞬驚いたような顔をした。だが何故だろう?男は俺を見ても怯えたような素振りを見せなかった。むしろ物珍しそうな、星みたいに微かに輝いているような目で俺を見ていた。
当主の息子ってだけの事はある。暗くても分かる綺麗な顔立ち。細い体に、手入れの行き届いていそうな髪。肌は日を浴びているだろうにも関わらず真っ白で俺よりずっと白かった。
ずっと見ていたいとまで思ったが、体は待ってはくれなかった。

俺は両腕を伸ばすと、男の体を抱き寄せた。暖かかった。でも、暖かいのに、何処か冷たい気がした。雨ん中に捨てられて濡れた犬が震えてる時みたいに、なんだか凍えてしまいそうなほど男からは冷たいものを感じた。

暖かいのに、冷たい。

「ごめんな…」

俺は耳元でそう呟くと、男の首筋に顔を埋めた。
男は一瞬ビクリと体を揺らしたが、抵抗することなく俺にされるがままじっとしていた。
男の血は…これまでに喰らったことがないくらい甘く感じられ、俺は夢中で男の首筋に食らいついていた。立っているのが辛くなってきたであろう男の体を支えながら喰らい続ける。
殺すつもりなんて更々無かった。少しだけ血を分けてもらって帰るつもりだった。なのに血に飢えていた俺はギリギリのところでやっと気付いた。男の息がすっかり浅くなってしまっていた事に。

俺は両腕に男を抱き抱え、恐れられることなんて気にせず声を張り上げ屋敷の使用人を呼んだ。



三日くらいして、梟が男は生きていると教えてくれた。
いてもたってもいられず、俺はまた男の屋敷に向かった。窓は開いていたから中に入ることは出来た。
静かに音を立てないようベットで寝ている男を見た。相変わらず白いが、あの時みたいに青ざめてはいないから安心した。安心して、俺は男のベットの端っこに背を預けてひっそり泣いた。起こしちゃ悪いと思
って声は出さないように泣いた。ああ、多分今物凄く情けない顔になってるんだろうな、俺。

何でだろうな…俺はただ生きたいだけなのに。どうしてこんな綺麗な奴の命を危なくしてまで生きなきゃいけねぇんだ?やっぱ俺はいちゃ行けねぇ存在なのか?どうして…

「…ねぇ」

「!」

いきなり声が聞こえて俺は思わずビクッと肩を揺らした。恐る恐る振り向くと、男が心配そうな顔で俺を見ていた。

「どうして泣いているんだい?」

そう男に聞かれて俺は困った。頭ん中ぐるぐるしてて、何て答えれば良いか分からなかった。

「……分かんねぇ」

そのまんまを口にした。男は特に気にした様子もなく「そうか」と一言呟いただけだった。

「…なぁ」

「何だ?」

「…ごめんな」

「え?」

男は何の事だろうと首をかしげる。

「体…大丈夫か?」

男はすごく驚いた顔をして俺の事見てきた。多分“餌”としか見られてないんじゃないかって思ってたんだろうな、と俺は男の考えを察して、

「餌だなんて思ってねぇよ」

そう言ってやったら図星だったのかまた驚いた顔をされた。

「違うのかい?」

そう尋ねられて少し悲しくなった。まぁ人間からしたらそう考えてるって思われんのが当たり前なんだよな。

「俺には、お前を殺せない…殺したくない」

「どうして?」

男はまた尋ねてくる。答えてやりたいけどやっぱり頭が追い付かなくて、

「…分かんねぇ」

そう答えるのがやっとだった。

それから数分くらい無言だった俺達だが、不意に男はベットから這い出て床に座ってる俺の前に座ると、細い指で俺の目に溜まっていた涙を拭った。俺は驚いて男の顔をじっと見ると、男は優しく微笑んだ。
その後、打ち解けた俺達はお互いの事を色々と話した。

“楽しい”なんて何時ぶりだろう?

外が明るくなる前、まだ暗いうちに俺は窓辺へ向かう。その俺の背中に男が声を掛ける。

「待って!まだ、名前を訊いていない」

思わず苦笑いした。あんなに話し込んでたのに何故かお互いの名前を名乗ることはしてなかった。

「お前は?」

「トーマ」

訊いたら直ぐに返事が来た。俺は“トーマ”の名前を小さく口に出してみてニッと笑って、

「トーマか。いい名前だな」

そう言って褒めたらトーマは照れくさそうにはにかんだ笑顔を見せた。
もうそろそろ帰らないとヤバイと思って俺は窓にふわっと飛び乗り、トーマに振り向いてから笑顔で名乗った。

「俺は“マサル”だ。またな!トーマ!」

次もまた会おうって約束してから俺はそのまま窓から落ちた。
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