ちょこっと図書室
□心はあったかいの
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淑乃「きゃあっ!!?ちょっと何すんのよ!?」
大「あっはっは!やーい!ビビってやんのー!」
淑乃「ア、アンタねぇ…」
何をやっているんだか。呆れながら小さく溜め息をつく。
僕が真面目に仕事をしているというのに、同い年のあのバカは何やら淑乃にちょっかいを出して遊んでいるようだ。
いったい誰のせいでデータの修復をしていると…
暫くして、さっきまでの騒がしい声は聴こえなくなり、オペレーションルームには黒崎さんと白川さんのキーを叩く音だけが響く。
急に静かになり怪訝に思いながらも、飽きっぽい大の事だ、淑乃弄りに飽きて椅子に座って寝ているのだろうと、振り返って確かめる事なく僕はまたピアノでも弾くかのようにリズミカルに指を動かす。
だが、その時点で気付くべきだった。
ヤツは人の予想などことごとく打ち砕いてきた“予想外男”だと言うことを…
トーマ「…うわぁっ!!?」
いきなり首の後ろに冷たいものを押し当てられ、僕は思わず悲鳴をあげ、突然の出来事に驚いて逃げようとした体はそのまま椅子から滑り落ち尻餅をついた。
淑乃「ぷっ…!」
大「ぶはっはっはっ!お、おまっ…!トーマお前…!マジビビりすぎだろ!」
情けなくも床に座り込んでしまっている僕を指差して大が馬鹿笑いし、その横では淑乃が口を覆って必死に笑いを堪えている。
隊長命令で大にパソコンの使い方を教えろと無理難題を押し付けられた淑乃、そして数分後大によって初期化されてしまったパソコンの修復を僕が任せられた訳だ。
やることの無いデジモン達はDATSの中庭に行かせている為ここには居ない。
この場にガオモンが居なくて良かった。こんな威厳の無い格好で笑い者にされているところは絶対に見られたくない。
全く君って奴は…、と殆どお決まりとなってしまった言葉を思いっきり不機嫌に言ってやろうとして、ふとあることが気になった。
トーマ「…何だ、今のは?」
先程僕の首に何か冷たいものが押し当てられた訳だが、それを仕掛けてきた本人、未だに腹を抱えて笑っている大の手には何も持たれてはいない。
それを見て首をかしげている僕の言葉の意図を察したらしい淑乃がジト目で大を見ながら言う。
淑乃「この子、手冷たいのよ」
大「ほらよ」
未だ床に座っている僕に大が手を伸ばしてきた。
その手を掴むと、なるほど、確かにひんやりと氷の様に冷たい。
立ち上がった僕は、その手を揉んでみたり指で押してみたりしてまじまじと観察した。
トーマ「ふむ、君は冷え性なのかい?」
大「いんや。この時期になるとすっげぇ冷え冷えになんだ。ほr「やめろ」」
また伸びてきた腕をガシッと掴んで阻止した。
淑乃「いっつも暑苦しいくらい動き回ってるのにねぇ」
大「あ!そうだ!アレじゃね?アレ!」
トーマ「アレ?」
大の言うアレと言うのを自分なりに考えてみるが、それらしきものは浮かばず。
対して淑乃は思い出したように、ああアレね、と手のひらを合わせた。
大「そう!アレ!」
淑乃「アレねぇ、まぁ少しは同意してあげるわ」
大「おい、素直に認めてくれても良いじゃねぇか」
さっきからアレアレと…分かっていないのは僕だけなのか?大に分かって僕に分からない事があるなんて…地味に悔しい。
そんな事を一人悶々と考えていると、いつの間にか二人が僕の顔をじーっと見詰めていた。
淑乃「どうかした?」
トーマ「あ…いや、その…」
大「あれ?もしかしてお前“アレ”知らねぇの?」
いやいや、きっと僕も知っている言葉に違いないんだ。だが、“アレ”で通じるものなのか?今のこの場で通じるほどポピュラーな言葉なのか?僕が思い出せないと言うのに…
大「ほらアレだ。“手が冷たい奴は心があったかい”ってやつ」
うん、どうしてそんな疑わしい言葉が“アレ”で通じるのかが疑問なのだが。
かと言う僕も聞いたことあるような無いような…答えを貰ったのにどうもスッキリしないが、答えられてしまってはもう何も言えない。
トーマ「そんなのただの迷信だろう」
淑乃「まぁ科学的に誰かが証明した訳でもないから。でも、わりと当たるんじゃないかしらね?」
大「んじゃ淑乃はあったかいな」
淑乃「心が冷たいなんて言ったらアンタの今日のおやつ貰ってあげるわ」
大「えー?じゃあ手貸してみろよ」
淑乃「はい」
大は淑乃の手を握って暫く「うーん」と唸った後、思った事を口にした。
大「うん、ぬるい!」
淑乃「ぬるいって…微妙って事?」
トーマ「大の手が極端に冷たくなっているんだから程々に暖かいんじゃないか?」
淑乃「…心が冷たいって言いたいのかしら?」
トーマ「え!?いや、そんなつもりじゃ…」
淑乃の目が冷たい…何で僕がこんな扱いを…
事の発端である大はと言うと、まだ淑乃の手をにぎにぎと握っている。まだ温度を計っているのか、それとも暖を取っているのか。
そんな事を考えながら見ていた僕とこちらに振り返った大の目とバッチリ合った。
やはり淑乃の手を放した大の手が、今度は僕の手を掴んできた。
大「おおー。トーマあったけー。淑乃も触ってみろよ」
淑乃「へー、どれどれ」
大が言うと淑乃は僕のもう片方の手を握った。
淑乃「本当だ。あったかーい」
トーマ「君達は僕の心が冷たいと?」
大「実際そうだろーよ」
トーマ「………」
大からすればそうだろうな。まぁ僕も優しくしようなんて思わないが。
この馬鹿は人の言うことは聞かないし、品はないし、言葉遣いもなってないし、機械は高確率で破壊するし…優しくする義理はない。
淑乃だってそうだ。ちゃっかり(大概は大をだが)僕をパシりに使うし、大のお守りを僕に押し付けるし、大の壊した機械は修理させるし………ん?ああ、結局は大が原因…って
トーマ「そろそろ放してくれないか?」
大・淑乃「もうすこし」
トーマ「?」
取られている僕の両手。右手を大が、左手を淑乃が何やら真剣に揉んでいる。少しくすぐったいが…
トーマ「…暖かい」
淑乃「トーマの手がもとから暖かいのって、どうせ機械弄ってばっかりで熱持ってるだけでしょ。喧嘩にしか使わないお馬鹿さんの手は兎も角、未来のお医者さんなんだから商売道具は大事にしなさい。あ、その内何か美味しいものでも奢ってよね」
大「何か俺の悪口言ってるだろ淑乃。おいトーマ勘違いすんなよ?俺は暖取ってるだけだからな」
どうやら二人なりの気遣いらしい。若干素直ではないが、二人らしいと言えば二人らしい。
こういった経験というのは今までになかったな。いつも目上の者達ばかりでこういう馴れ合いと言うのは本当に新鮮だ。それに…
トーマ「…ふっ」
大「何だよ、何ニヤニヤしてんだ?」
トーマ「いや、何でもない。強いて言えば君の手が冷たい」
淑乃「しょうがないわよ。自称心の暖かい人なんだから」
大「黙れー」
冷めてしまった心も、少しばかり熱を持つ。
ひやりと冷える外の風、それでも元気なデジモン達。ほっと暖かDATSの中、にぎにぎ暖められる僕の両手。
黒崎さん白川さん、薩摩隊長とクダモンが僕達三人を微笑ましそうに見ている。
肌寒くなってきたこの季節。そんな中の平和なDATSの日常。