side-JADE

□LOVE SONG
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翌日から彼女はスタジオに出入りするようになった。
春との打ち合わせはもちろん、まだ芸能界に入って日が浅いという事もあり、
勉強の意味も込めて俺達のレコーディングを見学させてやって欲しいと、
彼女のマネージャー、山田さんから頼まれていたからだ。

コントロールルームの隅に小さくなって座る彼女は、
まさに『借りてきた猫』といった感じで、緊張でガチガチに硬くなっていた。

レコーディングは終盤で、残すは春のボーカルのみ。
音楽に一切の妥協を許さない春。
それは自らの声に対しても同じで、何度も歌っては途中でストップをかけ、
俺とディスカッションしたり歌い方を変えたりと、
ベストの場所を模索する。

春がヘッドホンを外して譜面とにらめっこを始めた。
メモをしながら自身の声が進む方向の確認をしている。
それは時として時間のかかる作業になるので、俺は椅子にもたれて伸びをすると、
隅で小さくなっているヒロインちゃんの所まで椅子ごと移動して、

「どう?レコーディングを生で見た感想は?」

と聞いてみた。

「あ…何だか夢みたいです」

「夢?」

「まーくんが…弟が皆さんの大ファンで。私も好きでよく聴いていたので、
この場にいるのが信じられなくて」

瞳をキラキラさせながらそう話す彼女に緊張の色はなくなっていた。
憧れのアーティストが目の前で歌っていれば、
緊張よりもこの状況に夢中にならない訳がない。

「ダメですよね。勉強の為にここにいるのに…」

自分の置かれている立場を思い出したのか、ふっと瞳を伏せる。
そんな初々しい彼女の姿につい頬が緩む。

「今日くらいはいいんじゃない?まだこの世界にも慣れてないんだし。
少しずつ、だよ」

彼女の肩を軽くぽん、と叩くと方耳だけにしていたヘッドフォンから、

『夏輝、行くぞ』

思いの外早くに目指すべき方向を見つけた春の声が聞こえ、レコーディングは再開された。
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