本多一磨

□桜、薫る
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「ご馳走さま。やっぱり温かい食事はいいね。
ホッとするよ」

どうしても弁当や外食が多くなりがちなので、
こういった温かい食事をいただけるのはとても有り難い。

「お口に合ったみたいでよかったです。
お茶淹れますね」

「あ、俺がやるからヒロインちゃんは座ってて」

腰を上げた所で彼女に制される。

「一磨さんは座ってて下さい。お仕事で疲れてるでしょう?」

俺の返事を聞く間もなく、彼女はキッチンへ消えていく。
いつになく強気な様子を訝しく思いながらも、
大人しくその言葉に甘えて、ぱらぱらと雑誌をめくりながら待つ事に。

やがて運ばれてくるミルクティー。
彼女と過ごす時はいつもこれと決めている。

「ありがとう。いただきます」

一口飲むと…ん?何だ?
こう、ふわりと薫る風味が口の中に広がる。

「これ、いつもと違う?」

「分かりました?さすが一磨さん。
桜のフレーバーティーです」

言われてもう一口飲んでみる。
後味に薫るのは確かに桜だ。

「うん。いいね。美味しいよ」

「よかった。ネットで調べ物してたらたまたま見つけて。
どうしても一磨さんと飲みたくて買っちゃいました」

ミルクティーから微かに感じる桜の薫りと、
ふわりと笑う彼女が儚げな桜の花と重なり、
このままヒロインちゃんが消えてしまいそうな錯覚に襲われる。

彼女の手からカップをそっと取り上げ、
俺は彼女を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。

「一磨…さん…苦しい…」

息苦しさから逃れようと身をよじり、抗議の声を上げる彼女。
だけど今腕を解いたら後悔しそうな気がして、その力を緩める事が出来なかっ

た。

「ごめん…何だかヒロインちゃんがいなくなっちゃいそうで…。
もう少しだけ、このままでいさせてくれないかな…」

こんな気持ちになるなんて今までなかった。
ふっといなくなってしまうなんて、そんな事ある訳がないのに。

ゆっくりと背中に回ってくる彼女の腕を感じて、
ざわめいていた胸が静まる。

俺は今、どんな顔をしているんだろう。
きっと情けない顔をしているに違いない。

そんな顔を見せたくはない。
だから彼女を腕に抱いたまま、耳元で囁くように話しかける。

「ねぇ、ヒロインちゃん」

俺の声に反応して彼女のぴくりと体が動き、耳が赤く染まっていく。

「桜が咲いたら…このミルクティー持ってさ、お花見、行こう?」

「…はい!」

嬉しそうな返事と共に、ぎゅっと抱きつく力が強くなる。
視覚、聴覚に続いて触覚に受ける心地よい刺激。
その刺激に呼び起こされて押し寄せる衝動に、これ以上抗う自信はない。

俺はその衝動に素直に従う事にした。
彼女の耳に、それから頬、そして唇へと口付ける。

そのまま彼女に少しずつ体重を預け、
彼女と2人、春の夜に沈んでいった。



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