side-JADE

□LOVE SONG
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どの世界にも浮き沈みだったり流行り廃りはつきものだ。
それは俺のいる音楽業界も例外じゃない。

日本屈指のバンドと言われるJADEもその波に呑まれつつある。
判を押したようにどこかで耳にした事のあるメロディーが巷には溢れ、
取ってつけたような歌詞がもてはやされる。

もちろんこれはJADEだけに限った話ではなく、
春がプロデュースしているヒロインちゃんも同様だった。
春個人はもちろん、JADEが曲を手がける事もあるので、
力及ばずで彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

だからと言って売れる曲、世間に受け入れられる曲を作ろうとは思わない。
1度、ヒロインちゃんの新曲を出す時にも会議でそういった話が出たけれど、
彼女は首を縦に振らなかった。

『私は神堂さん、JADEの皆さんが作る音楽が好きです。
世間に受け入れられるように、無理やり枠にはめ込んだような曲は嫌です』

普段は危なっかしくて見ていられない事が多い彼女が、
この時は皆の目を見て、凛とした声でそう言い切った。
春はプロデューサーとして、なんとか売れる方向で進めたかったみたいだけど、
彼女の迷いのない真っ直ぐな眼差しに押し切られ、最後には折れた。

俺だってもちろん、売れるに越した事はないと思っている。
だけど彼女の音楽を作るJADEの、ミュージシャンの折原夏輝としたら、
彼女の言葉ほど嬉しいものはなかった。

そんな彼女の為にも最高の曲を作らなければ。
いつも以上にその思いを強くして曲作りに励む。


彼女との出会いは1年前。
近づいたGWに世間が浮き足立っている、そんな季節だった。

「ヒロインです。よ、よろしくお願いします」

春に連れて来られたその子は、まだデビューして間もないという。
そして春が彼女を連れて来た理由を聞き、その場にいた誰もが言葉を失った。

「彼女…ヒロインをプロデュースしたい」

青天の霹靂、寝耳に水とはまさにこの事かと妙に納得した。
春は今まで誰のプロデュースもして来なかったし、依頼があっても断っていた。

それがどうだ。自ら『プロデュースしたい』なんて、
冬馬が品行方正、真面目一直線になると宣言するのと同じくらい衝撃的だった。

だが彼女の歌声を聴いて、春が決して一時の気の迷いで言い出したのではない事を思い知る。
あれは…今まで聴いた事もない、例えるなら『天使の歌声』という表現が、
決して過ぎたものではないと言い切れるくらい、その場にいた人間を一瞬にして虜にした。

まるで春風のように、俺の心をふわりと包み込みむそれが、
始まりである事を俺はまだ知らないでいた…。
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