桐谷翔

□ドーナツ・ソング
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「あっちぃ……」

五月だというのに夏のような暑さの中、
俺は公園通りの坂道を駆け上っていた。

今日はヒロインちゃんとデート……でいいのかな?
オフの彼女と午前中で仕事が終わる俺。
たまたま話の中でそんな日があるって事が分かって、
じゃあどこか遊びに行こうかという流れになった。

待ち合わせはドーナツショップ。
たまには甘いものを思いっきり食べたいっていう、
ヒロインちゃんのリクエストで決まった。

待ち合わせの時間まではまだ余裕がある。
走らなくても間に合うのに、足が逸る心につられている。

お店の前にはもうヒロインちゃんがいた。
この暑さに合わせたらしい、少し薄着の姿に、
ちょっとドキッとする。

「ヒロインちゃん、お待たせ」

「翔くん! お仕事お疲れ様。
ごめんね。仕事終わりで疲れてるのに遊びに誘っちゃって」

「全然。むしろ楽しみで仕事があっという間に終わっちゃったよ」

二人笑いあってお店に入る。

「どれにする?」

「うーん……どれも美味しそうで目移りしちゃう」

「じゃあ、俺はオールドファッションにするから、
ヒロインちゃんはハニーディップにしなよ。
半分こしよう?」

「うん! って、それ、翔くんが食べたいだけでしょ?」

「分かった?」

「でも迷うくらいならそれにしようかな」

「そうしなよ。あ、あとエンゼルクリーム食べようかな」

「じゃあ私もそれ追加で!」

結局二人で同じものを食べる事になったけど、
それも悪くないなと思う。

俺はアイスコーヒー、ヒロインちゃんはアイスティーをそれぞれ注文して、
せっかくだからとテラス席を選んで座る。

「ドーナツなんて久しぶりだな。
いただきまーす! ……うん、美味しい!」

真夏のような日差しの中で、アイスコーヒーのグラスが汗をかいている。
グラス越しにドーナツを美味しそうに食べるヒロインちゃん。


初めてヒロインちゃんに会ったその日に、
俺はいわゆる一目ぼれってやつをした。
好きな気持ちを何度も言葉にしようとしたけど、
京介や亮太に邪魔されたり、上手く言葉に出来なかったりで、
なかなか伝えられずにいる。

彼女の幸せそうな笑顔を見てると、
急いで関係を先に進めなくてもいいかなと思えて来る。
いつか言えるチャンスが来るまで、
彼女のこの笑顔をそばで見ていられるなら、それでいいという気持ちになる。

「ヒロインちゃん、砂糖ついてるよ」

「えっ? どこ?」

口元を拭うけど、見当外れの場所で砂糖は一向に取れない。

「ここだよ」

親指で砂糖を取ってあげて、その指をぺろりと舐める。
俺にとっては何でもない事だったけど、
ヒロインちゃんは照れて顔を真っ赤にしている。

「そんな顔されると……」

(キス、したくなる)

「え?」

「ううん。なんでもない!」

俺は誤魔化すようにアイスコーヒーを飲む。

いつかまた、ヒロインちゃんとドーナツを食べたいな。
好きな子と食べるドーナツは、特別甘い……から。



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