桐谷翔

□てっぺんまでもうすぐ
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「もう空が赤いね」

ヒロインちゃんの言葉に空を見上げると、
もうすっかり夕暮れの色になっていた。

2人でいるのが楽しくて、時間なんて忘れていた。

「じゃあ、最後に観覧車乗ろうよ!」

頷く彼女の手を取り、そのまま繋いで歩き出す。

「しょ…翔くん…」

恥ずかしそうにうつむく彼女に、

「せっかく2人で遊園地なのに、手も繋がないなんてもったいないじゃん?」

なんて冗談めかして、手を繋ぐ為の理由をつける。

(情けないな…これが精一杯なんて…)

男らしく何も言わずに手を繋げばいいのに、
肝心な所で逃げ腰になる自分自身と、今日こそ決別したかった。

そのまま俺達は観覧車へ歩いた。


ゴンドラはゆっくりゆっくり、俺達を空に近い所へと運んでいく。
さっき手を繋いでから、ヒロインちゃんはずっと黙ったままで、
そんな彼女に、俺もどんな言葉をかけたらいいのか分からずにいた。

耳が痛くなりそうな静寂に耐え切れず、他のゴンドラに目を向けると、
日曜日のせいか恋人同士が目立つ。

「ねえ、高いとこ怖くない?」

「ちょっと…」

「でも綺麗だね」

俺が言いたいのはこんな言葉じゃない。
それなのに、今の俺からは何の意味もない言葉ばかりが吐き出される。

そして頭をよぎるのはこの前のデート。
今日と同じように電車で出かけて、帰りも電車。
彼女の肩に手を回したかったのにそれが出来ず、
手すりを掴むしかなかった…。

(俺はどこまで情けないんだろう…。
こんなんじゃダメだ…!)

もうすぐ観覧車の頂点。
他のゴンドラが見えなくなって、俺達だけの景色になる。

今しかない。

俺は彼女の名前を呼ぶ。

「ヒロインちゃん―」

呼ばれて振り返った彼女の頬に手を添える。
細かい震えは、ずっと握っていたせいか、
それとも緊張からくるものなのか、俺には分からなかった。

俺の震えが伝わったのか、彼女の体もぴくりと震える。
まるでそれが合図のように俺は彼女に引き寄せられ、
そっと触れるだけのキスをした。

「ヒロインちゃん…俺、キミが好きだ。
とても…とても好きなんだ」

今までも今も。
そしてこれからもずっと、ね。

声が枯れるまで何百回繰り返しても満たされないくらいの想いを込めて、
俺は言いたくてたまらなかった言葉を彼女に伝える事が出来た―。



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