藤崎義人

□アイシテル
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「もしもし…」

もうじき日付が変わる。日本は朝方だろうか。
こっちとの時差を考えて電話してくれる彼女の気遣いが嬉しい。
何より1日の終わりに声が聞けると、それだけで明日への活力になる。

映画の仕事が入った俺は、1ヶ月の予定でスペインにいる。
これまで海外ロケで1ヶ月なんて長いと思った事はなかったのに、
今の俺は滞在1週間で既に日本に帰りたくなっていた。
1ヶ月なんて長すぎる…。

彼女が隣にいないというだけ、たったそれだけでこんなにも胸の奥が痛い―。


もう365日、いつも彼女に会いたい。
せめて声だけでも、と思うのに時差の関係で俺から電話はなかなか出来ない。
彼女も彼女で仕事が忙しくなってきている。
だから普段はメールでしか会話が出来ないけど、
彼女に余裕がある時はこうして電話をくれる。

(日本はどっちだろう…)

電話をしながらふと窓に目をやる。
海とか空とか、とてつもない距離を軽々越えて
聞こえる彼女の声に耳を澄ます。

日本のあるであろう方角を見つめて、
彼女に聞こえないようにそっと呟いてみる。

「アイシテル」…と。



「義人くん、何か言った?」

「いや…何も…」

聞こえないようにしたつもりなのに、彼女の耳には届いたいたらしい。
幸いな事によく聞き取れなかったようだ。

ロケはやっと1/3、10日を消化した。
まだ先は長いなという話題になった所で彼女が沈黙し始め、
やがてすすり泣くような声が聞こえてきた。

「ヒロインちゃん…どうしたの…?」

問いかけても答えはない。
きっと…俺と同じ気持ちなんだと思うと胸が締めつけられる。

いつもは強がりで滅多に涙なんて見せないけれど、
まだまだ離れ離れでいなければならない時間の長さを考えたら、
寂しくて堪らなくなったんだろう。

今の俺にはその涙を拭いてやる事さえ出来ない。
そのもどかしさに苛立ちを感じつつも、
ゆっくりと彼女に話し始めた。

「ヒロインちゃん…その寂しさ、1人で抱え込まないで俺にも分けて。
寂しさだけじゃない。
希望も夢もこれからも、全部2人で分け合っていこう…」

俺は窓を開け、電話越しじゃなく彼女に直接届くように
願いを込めて言った。




「アイシテル」



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