藤崎義人
□秒速50センチ
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「藤崎くん、今度は目線こっちにくれる?」
カメラに目線を向けると、忙しないシャッター音と同時に鋭い光に包まれる。
今日は雑誌の特集記事に使う写真撮影。
月刊誌の短期連載の企画で、Waveのメンバーを毎月1人特集する。
来月発売分は俺の番。
メンバーと一緒の撮影ならどうという事もないのだけれど、
1人での撮影は未だに慣れない。
そんな俺の思いとは裏腹に、何故か写真はいつも評判がいい。
今回も色々なポーズを要求され、撮影が進む。
「はい、OKです!
お疲れ様でした!」
朝から始まった撮影は昼前には終わり、
俺はそのままオフになった。
1人になれば行く場所は1つ。
確かこの近くにもあったはずだ。
スタッフからの昼食の誘いを断り、俺はその場所へと向かった。
さすがに都心近くの本屋は大きい。
オフに1日いてもきっと飽きないだろう。
文庫本のフロアに行き、ざっと見てみたけど、好きな作家の新刊はないようだ
。
その代わりに適当に数冊見繕って手に取る。
新しい本を買うとすぐにでも読みたくなる。
せっかくのオフ。
どうせなら外でゆっくり読める所がいいなと思い、
近場をぶらぶら歩いてみる事にした。
途中にあったカフェでオープンサンドとコーヒーをテイクアウトして、
しばらく歩いて辿り着いたのは、有名な桜の名所だった。
桜の中での読書も悪くないと思ったが、いかんせん人が多すぎる。
もう少し人気がなく桜を楽しめそうな場所はないものか。
そんな都合のいい場所があるはずないと思っていたけれど…探してみるものだ
。
人もまばらで、見事に花を咲かせている桜の大木を見つけた。
俺はその桜の木の下に腰を下ろし、本の中の世界へと足を踏み入れる。
半分くらい読み進めた所でふと空を見上げてみる。
空の青と桜色とのコントラストが綺麗すぎて、思わず目を細める。
時折はらはらと散る花びらに、片恋の彼女の姿が重なる。
力強く咲いていたと思ったら、手を差し伸べたくなるような儚げな空気を纏っ
たり。
気がつけば俺は、その落差に惹かれていた。
彼女は桜が好きだろうか。
まるでキミのようだと言ったらどんな顔をするだろう。
そんなキミと桜を見たい。
この誘いをキミは受けてくれるだろうか…。
俺はすっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、
再び空を見上げ、青と桜を携帯の中に閉じ込めた。