本多一磨
□桜、薫る
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≪お疲れ様です。
一磨さん、今日お家に行ってもいいですか?≫
仕事の移動中に携帯を取り出してみると、ヒロインちゃんからのメール。
今日は次の仕事が終われば帰れる。
夜だけど比較的早い時間だから、彼女とのんびり出来そうだ。
そんな思いを巡らせながら返信する。
≪いいよ。8時には帰れると思う≫
送信ボタンを押し、[送信完了]の文字がディスプレイに映る。
するとすぐに返信があった。
≪じゃあ、お夕飯作って待ってますね≫
そういえば彼女は今日オフだったっけ。
帰れば彼女がいる―些細な事かもしれないけど、
そう思うだけで次の仕事にも一層身が入る。
「ただいま」
彼女には合鍵を渡してあるし、彼女がいる家に帰る事は何度かあったけれど、
こうして『ただいま』を言う事にまだ慣れない自分がいる。
リビングのドアを開けるといい匂いがした。
キッチンに行くと彼女が満面の笑みで迎えてくれる。
「一磨さん、お帰りなさい。
火を使ってたから離れられなくて…ごめんなさい」
「大丈夫だよ。ありがとう。
今日の献立は何?」
玄関に出迎えに行けなかった事を謝る彼女の気遣いに嬉しさを感じながら、
後ろから覗き込むようにして抱きしめる。
「いい匂いだね。煮物と…焼き魚?」
「はい…」
「楽しみだ。着替えて来る」
本音を言うともう少し彼女を堪能したかったけど…夜は長い。
頭をもたげる本能を理性で抑えつつ、俺は寝室へ向かった。