藤崎義人

□栞
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「どうかした?」

優しい彼に何も出来ない自分が不甲斐なくて、
堪えきれない気持ちが涙になって、ぽつりと落ちた。

「ごめんなさい…私、気が利かなくて…」

話が飛躍しすぎて状況が読めない彼と周りの目がある場である事に構わず、
自分の気持ちをぶつけてしまう。
付き合って日も浅いのに彼の家に行く事、
誕生日なのに準備がなにも出来なかった事、
そんな自分が情けない事、何もかもを。

彼に嫌われても仕方ない。
最悪の誕生日にしてしまったとそれだけが私を支配していた。

「ここじゃ話が出来ない。とりあえず俺の家に行こう」

彼はそれだけ言うと、私の手を取り家に向かった。
温かいはずのその手の温もりが、今の私には感じられなかった。


義人くんは砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを淹れてくれた。
自分にはブラックコーヒー。

「落ち着いた…?」

もう何も言葉に出来ない私は頷く事しか出来ずにいた。

「考え方や価値観なんて、人それぞれだと思う」

彼がぽつりと話し始める。

「俺の為に色々考えてくれるのは嬉しい。でも、それが全て出来なかったからといっ

て、
俺は不満に思わないし、キミが悪いとも思わない。
逆にそれがキミの負担になるなら、少しも嬉しくない」

負担…自分ではそう思っていなくても、義人くんにそう感じさせてしまった。
付き合えた事に舞い上がっていて、嬉しさだけが先走って、
彼の気持ちまで考える事が出来なかった…。

やっと付き合えたのにもう壊れてしまうのかもという不安につぶされそうになっていると、
彼の言葉が続く。

「バレンタインから今日まで日にちがなかったんだし、お互い仕事も忙しい。
キミの思う準備が出来ていなくても、それは何も悪い事じゃない。
俺達はまだ始まったばかりなんだから、ゆっくり歩いていけばいい…」

義人くんは私の肩を抱き寄せ、それに、と継ぐ。
彼の低い声が頭上に響く。

「キミが気に病んでいる事なんて、俺にとっては取るに足らない事だよ。
キミが…ヒロインちゃんがここにいれば俺は…」

どこまでも優しい彼の気持ちに胸が熱くなる。
そんな風に思っていてくれてたなんて…これまで見てきた彼とは違う一面に驚く。

「義人くんの誕生日なのに、私が慰められちゃった。おかしいね」

泣き顔を精一杯の笑顔に変えて、彼に微笑みかける。
安心したような彼の顔を見て、吐き出しても取れなかった胸のつかえが消えていく。

「何も出来なかったけど…プレゼントはあるの。
喜んでもらえるといいんだけど…」

バッグの中からプレゼントを取り出し、彼に渡す。
柔らかく微笑んで、開けていい?という彼の問いに強く頷く。

「これ…」

本が好きな彼の為に選んだのはブックマーカー。
シルバーで、杖のように曲がった先には星のチャームが揺れている。

それを見つめてしばらく無言でいる彼に、
もしかして気に入ってもらえなかったのかと不安になり、おずおずと尋ねる。

「ごめんなさい…気に入らなかった…かな」

「いや…実は自分でもブックマーカー探していたから…。
こんなタイミングもあるんだって驚いてた」

再び肩を抱き寄せられた。
今度はさっきよりも力強く、より義人くんが近くなってドキドキする。

「こんなに素敵なプレゼントがあるのに何も出来ないなんて、嘘つきだな。
ちゃんと考えてくれてて嬉しいよ。ありがとう、大事にする」

義人くんの顔が近づいてきたかと思ったら、温かい感触が私の唇を包む。
思いの外長い時間触れている唇に戸惑っていると、温もりが離れていく。

「いつでも思い出せるように、これは俺達のブックマーカー…」

そう言ってまた口付ける義人くん。
今度は深くて甘く、とても優しくて、まるで彼自身のようなキス。

彼の言う通り、私達はまだ始まったばかりだ。
最初のページはちょっと苦い思い出になったけど、
いつかこのページを開いた時には、きっと笑って話せる思い出になるだろう。



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