side-JADE

□LOVE SONG
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ヒロインちゃんの春プロデュース第1弾はいくつかの候補の中から、
バラードに決まった。
カップリング曲の制作を任された俺も企画会議に出席していたけど、
正直その曲は彼女には難しいと反対した。
が、春が頑として譲らなかった。

「ヒロインなら歌える」

言い出したら聞かない頑固な春を知っているので、そこで俺は折れた。
ならばカップリングは歌いやすくて明るいアップテンポで行ってやろうと、
メロディーを頭の中で並べ始める。

JADEのレコーディングは佳境、その中でヒロインちゃんの曲の本格的な制作にも入り、
春は文字通り寝る間も惜しんで仕事をしていた。
一方の俺も曲は出来たものの、作詞に行き詰ってなかなか先が見えない状態にいた。

パソコンに向かうも思ったように言葉が浮かばず、
どうにもこうにも煮詰まってしまったので気分転換にツーリングに出かける事に。

この所スタジオ仕事が続いていたので、久しぶりの風を切る感覚が嬉しい。
当てもなく愛車を走らせ、気がつくと周りには緑が増えていた。

初夏の爽やかな空気。
この雰囲気を詞に出来たら…と、芝生に横になり、
煙草をふかしながらぼんやり考える。
この空気感と風景が手元にあれば作業が捗るかと思い、
携帯でパシャリと目の前の景色を切り取る。

しばらくそのまま流れる雲を眺め、煙草を何本か吸い終わるくらいの時間を過ごした。

ずっとこうしていたかったが、それでは仕事が進まない。
そろそろ帰るかと軽くストレッチをすると、
ヘルメットを被り、エンジンをかける。

家への道を走る間中、何故か頭の片隅にはヒロインちゃんがいた。
それは作詞のイメージにしてはとても鮮やかに、
くっきりと縁取られていた。


曲が出揃った所でヒロインちゃんのレコーディングが開始された。
俺達のレコーディングでも春は相当厳しいが、
彼女に対するそれは俺達の時と同じ、いや、それ以上だった。

レコーディング開始から相当な時間を費やしても、まだ1曲の歌入れも終わらない。
最初のうちこそヒロインちゃんも必死に着いて来ていたけど、
流石にここ数日は目に見えて落ち込んでいる様子が分かった。

「…今日はもう終わりにしよう」

1人コントロールルームを出る春。
ブースの中には今にも泣き出しそうなヒロインちゃん。


彼女のその痛々しい姿を見ていられなくて、先にロビーで煙草を吸っていると、
帰り支度をした彼女がやって来た。
あまりに憔悴しきっているので思わず声をかける。

「ヒロインちゃん、今日この後予定ある?」

「いえ…今日はこれで終わりです…」

じゃあ少し話でも、と空いている自分の隣をポンと叩いて笑いかける。
少し間を空けて座る彼女の顔に、いつもの明るさはない。

煙草を消してどこから話そうか頭を巡らし、言葉を投げかける。

「俺は今のままでも十分世に出せるクオリティだと思うよ。
だけど春は、もっと、もっと行けるって、そう思ってるのかも」

「でも…私にはこれ以上は出来ないです…」

今にも泣き出してしまいそうな震える声に胸が詰まる。

「春はさ、ヒロインちゃんに期待してるんだよ。
キミはこんなもんじゃない。磨けばもっと光るんだって。
自信を持っていい。キミは春が認めた”シンガー”なんだから」

「”シンガー”…?」

俺は1つ頷いて続ける。

「春の音楽に対する嗅覚は人一倍だよ。
その春が連れて来たんだから間違いない。
多分、今、春はキミを1人のシンガーとして見ている。
新人とかベテランとか、そういうのは関係なしに。
だから、上手く歌おうとか余計な事は考えないで、
キミの持ってるもの、そのままのキミを全部、春にぶつけてやればいい」

彼女の頭をポンポンと軽く叩くと、まだちょっと不安げな顔がそこにある。

「大丈夫。キミのその声は何にも勝る武器だから。
気負わずにリラックスして、明日は歌ってごらん?」

「はい…」

「あ、お迎えが来たよ。じゃあ、お疲れ様」

ロビーのドアの向こうに山田さんの姿を認めると、
彼女に手を降り、駐車場へと向かった。
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