Glory Road

□口付けをもう一度
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 寿一が興味深い事態になっていたので呼び出した。
 と言うのも、寿一が告白されている現場を見たから。今まで俺が告白されてそれを寿一が見ていた、なんて場面は腐る程あったけど、逆は初めてだ。本人も始めての経験だったらしい。

「何でオッケーしなかったんだよ」

「ム……。そういう事は、まだよく考えられない」

「真面目だな」

 だけど寿一は成績は良いし部活でもキャプテンで、真面目で誠実な男だ。背も高いしむしろ今まで浮いた話がなかったのが不思議なくらいだ。まあ、ちょっと頭は堅いけど。

「ようやく世間が寿一の魅力に気付きはじめてしまったと言う事か。妬けちゃうな」

「あー、その話はもういいだろう。手を動かせ」

 寿一は顔を赤くしながら棚を漁り続けた。ここは図書室の奥にある資料室で、俺は寿一を付き合わせて過去の大きなレースのDVDを探していた。

「新開、本当にあるんだろうな」

「あるって。一年の時に監督に見せられたんだよ」

 普段は誰も近付かない資料室には、様々な資料や雑誌、ビデオテープだったりDVDやダンボールやらが積み重なり、足の踏み場もほとんどない程散らかっていて探索は困難を極めていた。箱学の立派な教室も台無しだ。

「相手のコ、結構可愛かったのに」

「ム……」

 またその話か、と寿一はバツの悪そうな顔をこちらに向けた。照れくさいのでこれ以上触れるな、とでも言いたそうな目だ。

「お前だってそうだろう。よく……言われているのを見る」

「そうだったかな」

「毎回断っている」

「物知りだな」

 なんだ、結構見てくれているんだな。からかうように笑ってみるが本当は嬉しい。寿一とはあまりその手の話はしなかった。

「あ、コレ懐かしいな」

 棚を漁りながら、俺はふと見つけた一冊の本を寿一に見せた。

「……ああ、昔ここで読んだな」

 写真と文字で自転車の走り方を説明しているような本。本なんて読んだ所でそんなに意味のある事ではなかったと思うけど、寿一達との自転車の資料漁りは楽しい遊びだった。寿一も懐かしかったのか、俺の手の上にあるその本のページをペラペラと捲った。

「それにしても散らかっているな……。卒業する前に、せめて自転車競技部の資料の場所は整理しよう」

「俺は嫌だぜ」

 耐え難いほど散らかった資料室を見回して寿一は言うが、俺は掃除なんてしたくない。目の前の寿一に言うと、呆れたような顔で笑っていた。……うーん、まあ寿一が言うなら手伝ってやらん事もない。いつもはお堅い表情が緩む瞬間は大好きだ。っと、そんな事を言っている内に俺の目にあるものが飛び込んできた。

「あった!寿一、上!」

「ム」

 ようやく目当てのものが見つかった。寿一の肩越しに指をさす。随分とまあ上の方にあるもんだ。

「届かないな」

 天井の高い立派な資料室。本棚の一番上の段に手を伸ばすが、俺でも寿一でも届きそうにない。

「この……よいしょっと、ダンボールに乗れば届かないかなあ」

「グラグラいっている」

「ま、ちょっとだけ」

 何かの紙でいっぱいになった古いダンボールの上に乗り、目当てのものを目指す。よし、これなら届きそうだ。

「しかし、学校はこんなに資料をロクに片付けずに取っておいてどうするんだ。この部屋を空ければ何かに使えるだろう」

「こうしてたまに見に来る俺達みたいなのがいるんだろ」

「何がどこにあるかもこれでは分からない。やはり掃除だな」

 寿一は少しぐらついている俺の足元を見ていてくれていたのだが、棚の上の資料を夢中で漁る俺はまるでその事に気が付かず、寿一の言葉に答えていた。そして目当ての物を手に取ったのだが。

「あ」

「どうした」

「これじゃない……」

「ム、そうか」

 元の場所に戻してダンボールから降りようと思って下を向けば、寿一がこちらに向かって手を差し伸べていた。ん、な、何だ。俺はその手を借りて降りたらいいのか?そんなの無くたってすぐに降りられるぞ。

「どうした?その上は危なっかしいから早く降りて来い」

 王子様かよ。そんな風に見えちゃったよ。やっばいな俺、寿一の事が相当好きみたい。

「新開?」

「……寿一、こういうのはか弱い女子にやってやるもんだぜ?」

 頼もしい寿一の手。本当はどれだけ触れたかった事か。差し出された寿一の手を人差し指でつんつんと啄いて、俺はダンボールからひらりと降りた。寿一はハッとしたような、ムッとしたようなよく分からない表情を浮かべて、自分の差し出した手を見つめていた。俺はそれには知らんぷりをしながら、再び本棚を漁りだした。
 いつだったかな、寿一の事が好きだって気が付いたの。二人で箱学に行くって決めた時には既にその感情はあったと思う。強くて可愛くて頼もしくて、頑固だけど真っ直ぐな寿一。いつだろう。もう、ずっと。だけど男同士だし、俺はその感情を振り払おうとずっと必死だった。だけどその感情は日に日に強くなるばかりだ。なあ寿一、どうして告白をオッケーしなかったんだよ。そしたら今度こそ俺は諦められたかもしれないのに。

「寿一」

「あ、ああ」

「これさ、見付かりそうにねえよ。俺はもう少し探してみるけど、おめさんはもう部屋に戻ってくれよ。付き合わせちまって悪かったな」

 出来るだけ微笑むけど本当は苦しい。いい加減にしなきゃ。これっきりにして寿一とは距離を置こう。この感情は忘れて、寿一とは心からの親友になりたいな。またダンボールに乗っかってガサガサと棚を漁る。そう。忘れなきゃ。捨てなきゃ。俺は必死に手を動かした。頭がこんがらがりそうで何を探しているのか分からないけど、手だけを動かした。

「新開、諦めなければ見付かるさ」

「もう諦めるよ。こんなに沢山あるんだし。代わりでもいいんだ。似たようなものなら何でも」

 苦しいから諦めたい。だけどそう言いながら手は止まらないし、寿一の代わりだってきっといない。散らかった薄汚い資料室で、俺は何かを探し続けていた。

「じゃあな、寿一」

「新開!」

 その時、寿一が突然大声を出した。かと思えばすぐ下から力強く腕を引かれ、俺はダンボールから落ちた。そしたら上から……、大きな音と共に上から棚に積んであった色々なものがこちらに向かって崩れ落ちてきた。

「うわっ……!」

 俺は寿一に頭を抱えられながら床に仰向けになって、上には寿一が覆い被さっている。その上にバサバサと、ガツガツと物が落ちてきた。咄嗟に寿一の頭に降り掛かってきた物を手で払う。埃が辺りを舞った。寿一にぎゅっと頭を抱かれた。

「怪我は?」

 物音が落ち着くと、寿一は俺に覆いかぶさったまま、いつもの表情をして聞いてきた。しかし俺はそれに応えられる余裕はなくて、目を大きく開けたまま寿一を見つめていた。

「新開、大丈夫か?」

「……!……な、寿一!何してんだよ!おめさん無事か!?」

 やっと声が出た、と思ったら俺は叫んでいた。

「ああ。棚の板が外れたのが見えた」

「庇ったりしなくていいよ!危ないだろ!」

「怪我は?」

「ないよ!」

「俺が引っ張ってやったお陰で、お前が手で払ってくれたお陰で、俺もお前も無傷だぞ。何を怒っている」

「そういう問題じゃなくて……」


「今大きい音したけど、誰かいるー?」


「!?」

 その時突然聞こえた別の声に、寿一も俺も固まった。入口の扉が開く音がして、男の声が聞こえた。俺も寿一も咄嗟に声を殺して見えない周りの気配を伺う。自分達がいるのは一番奥の列の棚だ。そこで俺が床に仰向けで寝てて、その上に寿一が覆い被さっている。これって、この状況って、見られない方がいいよな?今俺達は大量の紙類やらに埋もれて、うまくいけば見付からないだろう。なんとかやり過ごせればいいんだけど。目の前で焦ったような顔をしている寿一に、口の前で人差し指を立てて静かに、と合図を送る。
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