鬼ふぁんたじー

□2.ご馳走はアップルパイ
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2.ご馳走はアップルパイ


「そうか」

 かつて”狼を飼い始めた”と言う新開の言葉にいつもと変わらない表情で返事をした寿一であったが、昨夜は狼が帰ってきたと嬉しそうに話す新開に対し、やはり同じように返事をした。

「寿一にも会って欲しいのになあ。寿一が家に来る時に限って居ねえんだもんな、靖友のヤツ」

 新開の言う通り、靖友は新開以外の人間の前に姿を現すのが嫌なようで、寿一を連れて行くといつも何処かへ逃げてしまう。

「アパートの許可は出たのか?」

「さあ。でもいいんじゃない。大家さん動物好きだし。兎はオッケーだったし狼くらい何とかなるだろ」

「賑やかそうだな、お前の部屋」

「賑やかなんてモンじゃないよ。靖友は相変わらずめちゃめちゃ短気でさ、すぐキーキー怒鳴るんだよ。文句も多いし。でも悪い奴じゃなくてさ、寿一とは絶対仲良くなれると思うんだけどな」

 片肘を付きながらそう言って、新開は目の前に置いたコップの水を飲み干した。そしてピッチャーから自分の分と寿一の分の水を注ぐ。カウンター席に二人は隣り合って座り、新開は寿一がデザートのアップルパイを食べているのをじっと見つめていた。

「それより新開、仕事はいいのか」

「ん?」

 寿一の言葉に新開は不思議そうな顔を向けた。

「アルバイトの途中だろう」

「ああ、そうだよ。それ美味しいだろ?」

 今度は得意気に笑う。寿一は新開に誘われて、新開のアルバイト先のイタリアンレストランに夕食がてら遊びに来ていた。個人経営で細々とやっている店らしく、店内は広くなく、店も路地裏の目立たない場所に存在していた。綺麗にしてあるがカウンターにはオーナーの趣味だろうか、この国で作られたものでないような表情をした小さな人形が多数並べられている。

「お前一人なのか」

「奥にオーナーがいる。バイトは俺一人だよ」

 オーナーシェフが一人と、アルバイトの新開が一人。なんだかちゃんと運営できるのか心配になる。ちなみに客も寿一一人である。寿一は新開に勧められるままのメニューを注文し、現在、デザートのアップルパイを食べていた。好物のリンゴを使ったアップルパイは、寿一にとって特別に満足感を味わえるものだった。

「美味い」

「そうだろ?店長結構拘るからな」

 新開は嬉しそうに言った。寿一の隣に座る新開は黒いズボンにシャツ、エプロンというウエイターの格好をして、堂々と客と同じテーブルについていた。しかも水を飲み、焼いたパンまでつまんでいる。従業員とは思えない業務態度に寿一は心配になるが、本人は当たり前のようにしているし、更には奥からオーナーシェフらしき男が現れて、カウンター越しに寿一の前に立った。

「オーナー!」

「ワイン飲むかい?」

 中年の、ふくよかで背の低い男がワインと思われるものの入ったボトルとグラスを三つ持って現れた。

「駄目!寿一も俺も未成年ですから」

 笑いながらもはっきりと断って、だがすぐさま立ち上がってオーナーと呼ばれる男のグラスにワインを注ぐ姿はいかにも器用な新開らしい。

「残念だね。ウチにはいい酒が沢山あるのに」

「じゃあ俺の二十歳の誕生日はここで祝ってくださいね」

 二人が寿一に笑い掛けながらキンとワインと水のグラスを合わせたので、寿一も水の入ったグラスを持ち慌ててそれに参加をした。

「はっはっは、そう固くなるなって。新開くんの友達って言うからどんな子が来ると思ったら、真面目そうな子じゃないか」

「あんまりからかわないでくださいよ?本当に真面目なんだから」

「新開くん次は金曜の夜入ってくれるんだっけ?また飯食わせてやるからその日も連れてきなよ」

「オーナー太っ腹!寿一!飯代が浮くってさ」

「い、いえ……」

「遠慮はいらないよ。こんなにハンサムな男の子が入ってくれたお陰で、ウチも最近繁盛してるんだ」

「はあ……」

 ガランとした店内は見ないようにしながら、寿一は曖昧な返事をした。

「いやあでも君もなかなかイイ男じゃないか!」

「寿一はすごいやつなんだぜ?」

 寿一は勝手に自分の話題で盛り上がっている二人の会話を必死に追いかけながら、その後も他愛のない会話をして食事を続けた。



「じゃあな、今日は来てくれて嬉しかったぜ。お喋りに付き合わせて悪かったな」

「構わない。それより本当に代金はいいのか?」

「いいってさ。オーナーはいつも金はいらないって言うんだ」

「変わった人だな」

「ちょっとな。だけどいい感じの人だろ?」

「まあ、そうだな。また来よう」

 食事を終え、新開は寿一を店の前まで送り出した。

「また明日、学校でな」

「帰りは何時になる。迎えに来よう」

「はは、平気だって」

「部屋まで送る」

「……寿一、本当に大丈夫だから。いつまでも子供扱いはやめろっての」

 新開がそう言うと、寿一は何か言いたげな顔をしたが、分かったと頷いた。

「じゃあな」

 新開は手を振って寿一に笑い掛けた。寿一もああと返事をし、背を向けて歩き出した。

「新開」

 しかし寿一は足を止めてくるりと振り返ると、やはり何か言いたげにこちらを見て黙っていたが、その内に口を開いた。

「……いや、美味いアップルパイだった」

 じゃ、と言って再び歩き出した寿一に、新開は振っていた手をそのままに固まってしまった。新開の身体が再び動き出したのは、寿一の背中が見えなくなってからだった。

「……アップルパイ、実は俺が作ったんだよ」

 頬に手を宛てると熱を込めて熱くなっていた。いかんいかんと頭を振って心を落ち着かせる。あまり人前で感情を露わにすることのない新開であったが、一人でいる事で気が抜けてしまったようだ。真っ赤になって緩んでしまった顔を戻し、いつもの営業時間より店を早目に閉めると言うオーナーに従って、新開は片付けを開始するのであった。



 寿一は帰り道を歩きながら一人、幼馴染の働くレストランについて考えていた。

(新開は気付かないのだろうか。それとも俺がおかしいのか)

 店の中で寿一は終始、異様な空気の悪さを感じていた。訳あり物件だとか、と考えつつも寿一に霊感などないし、信じた事もない。

(風邪でも引いたのか)

 殆ど味も分からない料理を口に含みながら、店の中で唯一心が休まるのはアップルパイと、幼馴染との会話だけだった。自分を追い出そうとしているような、拒絶しているような空気と、じっとりとした視線は気のせいではないだろう。だが原因は分からない。オーナーシェフの男を交えた会話も嫌ではなかったし、料理も別の場所で食べれば本当に美味しかったのかもしれない。

(気にする程の事ではないか……)

 店内の空気の悪さが気になりつつも、寿一は考える事をやめた。浮かんできたアップルパイの温かい味と、幼馴染の笑顔に感じる不思議な感情も一緒に奥底へ仕舞い込み、同じ街にある自分の部屋へと足を進めた。

(いや……)

 しかしそうもいかなかった。ゾクリと背筋が凍る。寿一は足を止め、あの時の感覚が再び自分を襲うのを感じていた。視線だけを動かして周りの様子を窺う。おかしい。誰かに見られているような、嫌な感覚だった。原因は特定できない。だが、心当たりが無い訳ではなかった。
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