Honey Jiro Book
□下剋上で乗り越えて
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「芥川さん、下剋上です」
「んえ?」
「俺と試合してください。そして俺が勝ったら正レギュラーをいただきます」
観客席で眠っていた芥川さんを起こし、俺は言う。
「えー…忍足とか、宍戸とか…ふあ〜…暇してない?」
「あなたが一番暇そうですよ。俺は、あなたと試合がしたいんです」
芥川さんは二年生の頃から既に正レギュラーだった。手先が器用で巧いテニスをするのは知っているが、俺はあんたが寝てる間に必死に自分に鞭を打って特訓したんだ。見てろ、一泡吹かせてやる。
「んー…面倒くせーけど、まーいいか…」
……絶対、一泡吹かせてやる!
試合開始。芥川さんが俺のフォーム格好良いから、と言ってサーブ権をくれた。眠そうにふにゃっと笑う芥川さんを見て、改めて氷帝に似つかわしくない人だなと思った。
氷帝のテニス部は敗者切捨て。狭いレギュラー枠を争って日夜激しい戦いが繰り広げられる。血の気の多い部員の中で、呑気に昼寝なんてしているのはこの人くらいだ。そのくせNo.2の席を譲らず、納得のいかない俺はこうして勝負を挑むのだった。
惨敗するとも知らずに。
「……。」
「んあ〜?終わり〜?じゃ、俺寝るから…」
試合が終わると芥川さんはコートに背を向け眠そうに出て行く。
完敗だった。上に昇るために毎日厳しい練習に明け暮れ、技を磨いてきた。それなのに。
「くそ…なんで!いつか…必ず下剋上しますから…!」
「あっそ」
実力主義の氷帝学園。前を歩くその背中は遠く、遠く…
「でも俺、ひよCのテニス好きだよ〜。また試合しようね〜」
「え?…ど、どういうことですかっ?」
俺はその言葉にはっと顔を上げ、その意味が知りたくて、やる気無さそうにあくびをしながらどこかに向かって歩く芥川さんを追った。
木陰に腰を下ろし、昼寝を再開しようとする芥川さんに詰め寄る。
「芥川さん、俺のテニスが好きなんですか?一体どういうところが?」
「え…どしたの」
珍しくこの寝太郎先輩のテニス観を聞く事ができると思うと…俺も珍しく、少しだけ、ほんの僅かだけ、ワクワクした。芥川さんはジリジリ迫る俺に困惑している。
「ん〜…構えがカッコE…」
「……。」
「ほらあれ牙突(ガトツ)みたいだC!」
「聞いた俺が馬鹿でした」
「!?」
期待していたような答えを得られず、俺はため息をついた。やはり何か考えてテニスしてた訳ではないんだな、この人は…。
すると、芥川さんはケラケラと笑い出した。
「あはは、冗談だよ〜。俺ね〜、ひよCの強気な所が好きだよ。いっつも勝つために全力じゃん」
「?勝つために全力なんて、当たり前じゃないですか」
「当たり前じゃないよ。他の準レギュラー達って見てると負けない事に全力になってる人が多いもん。それも大切だと思うけどね〜」
「そうですか…」
そう言われてもピンと来ない俺は、あまり周りを見ていないのかもしれない。
「へへ、そういう独りよがりで前しか見ない所も好きだよ?」
「な…!」
考えが読まれているような気がしてドキっとした。ボーッとしていると思っていたが、意外と抜け目のない人だ…。俺は自分の頭の固さを恥ずかしく思った。
「…分かりました。もう少し柔軟な考えができるように努力します」
「ん〜?そう?強気なひよC好きなのに〜」
そう言って、芥川さんはこのピリピリした氷帝に似合わないふにゃっとした顔で笑ってみせた。この笑顔を見ていると、何故だか気が抜けるような、安心するような不思議な気持ちになる。
「あれ〜?もういいの?」
「はい、ありがとうございました」
俺は立ち上がり頭を下げ、本来いるべき場所に向かって歩き出す。敗因をしっかり考えて、次こそは必ず、下剋上を果たしてやる。
「わ〜。ひよCの礼儀正しい所も好き〜」
だから、そんなに好き好き言わないでください!
【完】
跡ジロ←日
忍岳 ←日
こんな片思い日吉に萌えます。