鬼ふぁんたじー

□2.ご馳走はアップルパイ
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 閉店時間になり、新開は片付けを済ませると帰り支度をした。

「それじゃあ、お疲れ様です」

 また作れるようにとアップルパイのレシピを握って、新開は帰り道を急いだ。

「レポートの続きやらねえと……」

「キミ、ええにおいしとるなぁ。赤い髪のキミじゃ」

 しかし途中で足を止められる。声の方に振り向くと、民家の塀の上に知らない男が立っていた。

「誰?」

 エッ、エッ、と不気味に笑う男は高く飛び上がると、綺麗に新開の前に着地をした。

「ワシはやっぱりツイとる!エエッ!絶好のチャンスじゃけ」

「ごめん、俺レポートあるから」

 男の脇をするりと抜け、新開は走り出した。男は新開の背中を見送りながらも不敵に笑った。

「うわっ!?」

 そしてまた瞬時に新開の目の前に姿を現した。

「連れんのう。ちょいとばかし付き合うてくれてもええじゃろ」

「何だよ金なら無いぜ?」

 茶色掛かった髪を斜めに分けて、細い目は狐のように釣り上がっている。変わった笑い方をしながら男は新開の肩を掴んだ。そして揉んだ。

「ちょ、何だよ」

「ほらほらワシには分かる!この身体の中にエラい力が眠っとる!くれ!!身体を!!」

「やっばいな変態だ」

 新開は笑う男の肩を払い除けて猛ダッシュで逃げた。しかし男はそれを許さず、身軽に宙返りをしながら新開の前に立ち塞がった。オリンピックでも見た事の無いような動きに新開も驚きを隠せない。

「エエッ……?そう驚かんでもエエッ。ワシの名は待宮。化けるのが得意でのぅ。お前ら人間の言う……妖怪?みたいなもんじゃ」

「妖怪……?」

「妖怪はなぁ、強い力が大好きなんじゃ。ああー、最高じゃけ!触れるだけで元気になるんじゃああー」

「何を言ってるのか分からねえぞ」

 新開は自分に纏わり付く待宮をどうにか引き剥がそうとしながら尋ねた。こんな住宅街で男に抱き着かれる姿など見られたら、変な噂がすぐにでも広がりそうだ。

「気付いとらんのか。鈍感じゃのう。キミの中になぁ、滅茶苦茶美味そうな力が秘められててなぁ、ワシはそれが欲しいんじゃ」

「俺夢でも見てんのかな」

「ホレ!ホレホレ!どうじゃこんな事人間には出来んじゃろ!さあ観念して家へ来い!カナにも喰わせてやるんじゃ!」

 待宮は新開の前で壁に垂直に立ってみたり牙を伸ばしたり体毛を増やしたりして一通りの芸を披露すると、グイグイと新開の腕を引っ張った。

「おい」

 その時新開の後ろから声が聞こえた。後ろを振り返ろうとする前に待宮は新開の腕を掴んでいた手を放し、

「ギャアアアア!!出たあアァァァ!!」

 そう派手に悲鳴をあげて何処かに走り去ってしまった。

「あ、待てよ!」

 止める間もなく待宮の姿は夜の闇の中に消えてしまった。そして新開の隣に現れたのは寿一だ。バイクに乗って何だか厳しい顔で新開を見つめている。

「寿一?こんな時間に何してんだよ。今のヤツ知り合い?おめさんの顔見て逃げてったけど」

「ム……。知らないな。誰だったんだ」

 俺も知らない。そう言って新開は待宮の去って行った方向を見つめた。

「どうした。何かされたか」

「いや、少し話してみたかったなって」

 寿一は新開の言葉に少しムッとして、掴まれていた腕に目をやった。

「お前は危機意識が足りない」

「だって聞いたかよ?妖怪だって」

「男の目的は何だったんだ」

 寿一はバイクを降り、新開と帰り道の方向に向かって歩き出した。新開は少し考え込んでから寿一の質問に答えた。

「暮らしが貧しいのかな?俺の身体に付いた肉が美味そうだと言われてしまった。家にいる彼女にも食わせてやりたいって」

 そして心配そうにちらりと寿一の方を見た。

「寿一、俺太ったかな……?」

「いや、高校時代より細くなったんじゃないか?」

「そ、そうかな?寿一は……っ、どっちの俺が好き……?」

「無駄なものを全て絞りきったお前の速さは一番だ。日に日に速さを増すお前はいつも最高だ」

「やだっ……!寿一ったら!」

 新開は真っ赤になった頬を両手で挟みながら隣にいる寿一を見つめた。幼馴染の横顔。背が高くて、鼻筋が通っていて、厳しい目付きが凛々しくて、勝利へのこだわりを話す低い声は男らしくて。

(世界一かっこいい……)

 完全に見惚れていた。しかし我に返り心を落ち着ける。

「それよりおめさんはこんな場所と時間に何してんだよ。もう寝てる時間だろ?」

 新開が言うと今度は寿一が目に見えるくらいにギクリと動揺し、新開から顔を逸らした。

「……、ム……」

「あ……、夜遅いからもしかして心配して来てくれた?」

「いや……」

 寿一はそうですと返事をするかのように、分かりやすくバツの悪そうに俯いてしまった。新開はそれを見て困ったように笑った。

「はは、俺は心配ないって言ってんだろ?ほら。寿一が持たせてくれたやつさ、危ないくらいに持ち歩いてるから」

 護身用ナイフ、スタンガン、目くらましスプレー。新開はあらゆる場所のポケットから異様な程の護身用の道具を取り出して寿一に見せた。寿一はそれをきちんと確認すると再び前に目をやった。

「俺は……。お前の家に行くつもりだった。この前貸したレースDVDを返してもらう為にな。そう。それだ」

「そうだったのか。でも明日じゃダメだったのかよ。もうすぐ明日だぜ?」

 寿一は黙って歩き続けた。新開もそれについて歩く。

「はは、今ならもれなく”レポートに付き合う”も付いてくるけどな」

「自分でやれ」

「寿一、今日のアップルパイ、作り方メモったんだ」

「む」

 待宮の事は靖友に聞いてみようと思いながら、新開は寿一と共にこの日を終えた。
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