Honey Jiro Book

□この冬のファッション
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今日は部活が休みだ。
せっかくの休日という事で、俺は観月さんに誘われて都心にある物を買いに来た。この辺には有名なケーキ屋があって、本音はおやつを目的に観月さんについてきた。

『裕太くんに、ファッションというものを教えてあげましょう』

その言葉にとても不安を覚えるが、実家から出てきた俺は待ち合わせ場所で観月さんを待っていた。そう、今日は服を買いに来た。
観月さんはセンスが悪い。
私服姿の観月さんは、言っちゃ悪いけどとてもじゃないが見るに耐えない。俺は正直ファッションとかよく分らない。着れればいいやって思うタイプだ。だが、観月さんがおかしい事は分かる。何だよあの薔薇。どうして全身に柄があるんだ。信じられない。
学校でも観月さんの私服のセンスは有名で、例えば寮内で私服の観月さんが歩けばみんなが振り返る。勿論、そのセンスに驚いて。

『んふっ、注目されるのも困りものですね』

違うよ。その通りだけど違う。

柳沢先輩と木更津先輩はおしゃれだ。二人はそんな観月さんをどうにかしようとファッション雑誌を観月さんに一生懸命読ませている。ただ、諦めたのか、最近二人は観月さんの私服姿の写真を撮って集めている。

『いつか観月に見せてやるダーネ』

『クスクス…いつか正常のセンスになった観月がああああっ!ってなる所を鑑賞しようよ』

二人は観月さんのへこむ姿を見るために日夜頑張っている。ひどすぎる。
しかし最近、観月さんがショックを受けた。

『ハッハッハ!お前またそんなダッサイ服着てるのかよ!』

赤澤部長だ。寮に遊びに来た赤澤部長だ。
赤澤部長が私服の観月さんを見るなり、大声で笑い飛ばしたのだ。

『なっ…!あなたに服の良さなんて分かるものですかッ!』

観月さんは言い返したものの、真っ赤になって部屋に閉じこもってしまった。たぶん、あの後一人で泣いたのであろう。その場にいた人々は、みんな赤澤部長に拍手を送った。

そして今日。
観月さんは俺を誘って笑われない服を買うつもりだ。柳沢先輩や木更津先輩を誘えばいいのに、変なプライドが邪魔をしたのかファッションに疎めの俺を誘って。
駅前で観月さんを待っていると、俺は見覚えのある金色のふわふわした何かが、ボーッと駅前の手すりに座っているのを見つけた。

「あ、芥川慈郎…?」

そう。氷帝学園の芥川慈郎だ。この男に俺はわずか15分で倒されてしまい、その悔しさは今でも鮮明に覚えている。芥川慈郎はこの人の多い中、無用心にすやすやと眠っていた。

「……」

俺は声をかけるでもなく、ただ眺めていた。派手な金髪が怖くて話しかけられない。彼も誰かと待ち合わせをしているのだろうか。俺は何となく、来るべき時に備えて芥川慈郎のファッションチェックをした。
うーむ…。短めのコート、黒の細いズボンにブーツ。シンプルだがスッキリしていてかっこいい。

「なるほど…。さすが氷帝生だ」

俺の通う聖ルドルフは、割りと大人しくて真面目な生徒が多い。それに対して氷帝は垢抜けていてスカしてて性格が悪い、俺はそんな偏見を持っていた。

「ねえ、あの寝てる子ちょっと素敵じゃない?」

「きゃー本当、イマドキって感じで可愛い〜」

…。
通りがかる女の人達が芥川慈郎を見てときめいている。俺に湧き上がったのは、羨ましいという感情だ。俺はビルのガラスに映る自分の姿を確認した。姉貴に買ってもらった緑のジャンパー(モッズコート)とジーパンと運動靴。
…。
ふ、服なんてあんまり買いに行かねーからわかんねーんだよ!変ではないだろ?なあ?

だけど、気が付くと俺は芥川慈郎の服装をメモっていた。えーと首元に毛の生えた(ファー)短めのコートっと…。そういえば、今日の日のために先輩達にも言われたっけ。

『シンプルでいいんだってば』

『変に個性を出そうとすると素人は失敗するだーね』

『む、無地のTシャツとかでいいんですか?』

『あー…何か違う…』

『小奇麗なシャツとカーディガンのシンプルスタイルだけでいいだーね。それさえあれば観月だってモテるだーね』

なるほど!そのシンプルスタイルにあの芥川慈郎みたいな細いズボンを履けば、線の細い観月さんなら絶対似合うはずだ!
俺は自分の思いつきに興奮していた。それさえあれば観月さんが格好良くなる!なんて簡単なんだ!しかし…。
俺はまだ、何かが納得できなかった。

「おいジロー、こんな所で寝やがって…。起きろ!」

俺が悩んでいると、誰かが芥川慈郎に声をかけた。…ん?な、なんだアレは…!!?

「ん〜?あ、跡部きた〜!」

「ああ、待たせて悪かったな」

あれは確か、氷帝の部長…。目を覚ました芥川慈郎と楽しそうに話し、二人でそのまま高そうな長い車に乗り込みどこかへ行ってしまった。俺は驚きのあまり、車が見えなくなるまで目を離せずにいた。

「あれだ!!!」

悩みが解決した瞬間だった。
確かにシンプルスタイルは観月さんに似合うだろう。だが、本人はそれでいいのだろうか。観月さんの好きな薔薇やおかしな柄を捨てて、それは本当に観月さんのファッションと言えるのだろうか。
いや、言えない!
そんな無個性、観月さんじゃない!
どうにかして取り入れるんだ…。シンプルかつ、観月さんらしさを…!

「裕太くん、遅くなりました」

「観月さん!!服買いに行きましょう、服!!」

俺はやって来た観月さんに飛びかかった。

「え、ええ。それは勿論…」

俺は動揺する観月さんを引っ張って店を巡った。






「…で」

自信満々に寮を歩き回る観月さんを背に、俺は先輩達に囲まれていた。

「何であーなっちゃったわけ…?」

「すみません…舞い上がって、自分を見失ってしまいました…」

木更津先輩のじっとりした視線に、俺は謝るしかなかった。

「ねーよ」

いつも気さくで優しい柳沢先輩も、この時ばかりはとても冷たい目をしていた。

「んふっ」

観月さんは鏡に映る自分の姿にご満悦だ。観月さんが喜んでくれるのは嬉しいけど…。

「よっ、観月!」

!!!!!

「あーあ、赤澤だ」

「知らね」

やばい、どうやらまた赤澤部長が遊びに来たようだ。

「あ、赤澤…!んふっ、んふっ」

観月さんは必死に動揺を隠している。

「ん?新しい服か?」

「そうですけど、何か?」

「…素晴らしい!」

!!!???

赤澤部長は観月さんの手を握ると、熱い視線を送りながら言った。

「俺と組んでくれないか?お前なら絶対に上を狙えるはずだ…!」

「な、一体何ですか?…!困ります!ボクの履歴書をモデル事務所に送る気ですね!?」


この年、観月赤澤コンビは聖ルドルフお笑いコンテストで見事優勝を収めた。


【完】
 

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