【短編】

□トリック〜HWデート・夕方〜
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「じゃあ、今日はここまで」

チャイムが鳴る少し前、教授からの終わりの合図があがった。教室内はそれまでの静けさから一変、ざわざわと学生の声で賑わう。
凶暴ですもその中の一人で、ふぅと軽く息を吐くと、鞄の中でメール受信を告げて光る携帯を取り出した。先ほどバイブの振動を感じたが、授業中で出られなかったのだ。

(高校とは時間割が違うから、いつもすれ違っちゃうな)

メールを見て凶暴ですは小さく微笑む。送信者は恋人の真琴だった。

『凶暴ですさん
頼みこんだら休みにしてくれたよ(^_^)江ちゃんには申し訳ないけど、やっぱり今日は凶暴ですさんと一緒に過ごしたかったから。
約束通り、駅前で待ってるね』

文を読みながらついつい嬉しくなって顔が綻んでしまう。そんな幸せな余韻に浸っていると、突然後ろから抱きつかれた。仲良くしている女友達がにやにやと言う。

「凶暴です!はいこれ!合い言葉は?」

何事かと思いながら目の前にちらつかされたチョコレートの包みを見て数秒、凶暴ですは笑顔で合い言葉を告げた。

「トリックオアトリート」






約束の10分前。
駅に行くとすでに真琴が約束の場所に立っていた。周りをキョロキョロしながら時折ちらちらと腕時計を気にしている。さすがは真琴、凶暴ですは毎回約束の時間よりも早く来るのだが、それよりももっと早くから待っているのだ。そんな真琴に、着飾った美人な女の子達が遠くから熱い視線を送っていた。

「ねえ、あの人すごくかっこよくない!?」

「キャーほんとだ!!誰か待ってるっぽいけど誰だろ?」

「もしかして彼女!?」

「彼女いてもおかしくないよね!きっとすごい美人なんだろうな〜」

ここまで聞こえてきた女の子達の声は確実に真琴にも聞こえているはずだが、当の本人は聞こえていないといった感じで相変わらず周りをキョロキョロとしていた。

(これは…。まだ行かない方が良いかな)

凶暴ですは深く息を吐き、女の子達がいなくなるまで他の場所で待機していようと歩き出そうとした。

「凶暴ですさん!!」

聞き慣れた声で名前を叫ばれ凶暴ですは反射的に振り返ると、案の定真琴がいた。謝りながら人ごみをかき分け、こちらに向かって駆け寄ってくる。

(ま、真琴くん…)

「凶暴ですさん…はぁ、気づいて良かった。どうして違う所行こうとしたの?びっくりしたよ」

息を切らせながら困り顔でそう言う真琴に凶暴ですは俯きながらごめんね、と謝った。

「謝って欲しくて言ったわけじゃないよ。もしかして、嫌になっちゃったのかな、って不安になったから…」

「そんなわけないよ!…本当にごめん。さっき行こうとしたんだけど…」

「え?あれが彼女?まじで?」

「全然見えない!!」

「違うよ!妹とかじゃない?絶対そうだよ!」

(まずい…まずいよ…)

口々にそう言うのは先ほど真琴を見つめていた女の子達だ。凶暴ですのことを恨みがましく睨みつけている。その視線から逃げるようにさりげなく背を向けようとすると、真琴が凶暴ですの腰にさり気なく手を添え、そのまま歩き出した。

「ちょっ、真琴くん!?」

「さ、時間無くなっちゃうし、行こっか」

いつもの優しい笑みでそう言うと、添える手に力を込めた。戸惑いつつ見上げた真琴は、いつもと同じ笑顔だった。

(何考えてるのかな…)

騒ぐ女の子達の前をそのまま通過する、と思われたが次の瞬間、真琴は凶暴ですを引き寄せ抱きしめた。

「え、なっ…!」

凶暴ですは思わず変な声が出たがそんな声も周りにいる人々の興奮や驚愕の声でかき消された。真琴は何も言わず微動だにもしない。
しばらくして真琴はゆっくりと凶暴ですから離れると、バツが悪そうに横を向き呟く。

「急にごめんね…困ったよね、本当にごめん…」

いつの間にか周りには好奇の目を向ける人は一人もおらず、あの女の子達もいなくなっていた。忙しく移動する人々が通り過ぎていくだけだった。

(も、もしかして…気にしてくれて…)

凶暴ですは自分のわがままで気を使わせてしまった事を悔やむと同時に、自分のもやもやとした気持ちを取り除いてくれた真琴に感動で胸が一杯になった。

「ありがとう、真琴くん。お陰で落ち着いたよ」

ギュッと真琴の手を握り、そう言うと、真琴は目を見開き凶暴ですを見つめた。

「凶暴ですさん…」

真琴はいつもの太陽の様な笑顔になると、繋いでいない方の手で、凶暴ですの頭を優しく撫でる。凶暴ですがこうして撫でられることが好きだということに真琴は気づいていた。

「もう…あんまり可愛いこと言わないで。どうかしちゃうよ、俺…」

凶暴ですは顔が蒸気していくのが分かり、俯きながらされるがままになっていた。そんな凶暴ですの様子を見ながら優しく微笑みかける真琴は、今日という日にとっての一番のいたずらだと密かに感じていた。





〜トリート編へ続く〜

2013.11.09

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