【短編】

□似合う服
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「…そろそろ二人だけで出かけないか」

下校時、少し距離を取って顔を背けながら言ったのは隣を歩いているキョンくんだった。思いもかけない言葉につんのめりそうになる体を
必死に支え、頭の中を色々な言葉が駆け巡った後に出てきた言葉が何とも情けない一言だった。

「お、おでかけ…?」

付き合い始めてから二か月ほどが経つ現在まで、二人で過ごす時間と言えばお昼を食べたり、こうして一緒に帰ったりすることくらいである。周りにいるカップルなんかでは当たり前かとも思われる
手をつなぐや、接吻行為というものは言うまでもないがまだやったことがないのだ。考えてもみろ、相手はあのキョンくんなのだ。彼は至って純粋な少年だ。私が相手にそういった行為を求めることもなければ、相手が私に求める素振りも見せない。
そんな彼から突然の、いわゆるデートのお誘い。順番的にはあってるのかもしれないが、驚きが隠しきれない。…こういう言い方はよくないが。
困ったように眉を寄せながら私の方を横目でチラリと見やると、すぐに視線をそらす。付き合い始めのころから変わらないその仕草が可愛くて好きだ。

「テストは先週終わったし、時期的に問題はないと思うんだが」

「そう…だねえ」

あいまいな返事しか出来ない自分を殴りたくなった。別に嫌なわけではない。むしろとても嬉しいお誘いだ。やっとキョンくんのプライベートに私との時間というカテゴリを入れてくれたのだと思うと胸が熱くなるくらいに。しかしそれと同時に
恥ずかしさやら緊張感というものが発生する。鞄を担ぎなおして、セーターのポケットに両手をつっこむ。戸惑った時によくやる私の癖だ。

そんな私の様子を感じ取ったのか、キョンくんがふぅ、と息を吐くと、苦笑いする。

「悪い。いきなりすぎたか。凶暴ですが嫌なら無理強いはしないさ」

キョンくんの背中が少し遠のく。段々私の歩くスピードが落ちてきていた。
初デートを緊張とか、恥ずかしいとかそんなことを言っていたら、いつまで経っても恋人らしいことなど出来るわけがない。今までの友達以上、としか呼べないような
関係の殻を破るためにも、彼を失望させないためにもここは私も成長しなきゃならない。

「ん?どうした」

不思議そうにこちらを振り返る彼に追いつくため、駆け足で近寄るとぴったりとキョンくんの腕にくっつく。

「いつにしようか。…お出かけ」

キョンくんは嬉しそうに目を細めると「お前の都合に合わせる」と言って私の頭をポンポンと撫でた。


























そして初デート当日を迎えたとある日曜の午後。
待ち合わせ時間には高確率で遅れてしまう私であるが、集合場所に10分早く着いてしまった。さすが恋の力、と周りは言うのだろう。
まだ来てないだろうな、と思ってゆっくりと待ち合わせ場所に向かうと、壁に寄りかかっているキョンくんが目に入った。

「え、うそ」

慌てて走り寄ってキョンくんを呼ぶと、ぱっと顔を上げて私を振り返った。普段滅多に見ることのできない彼の私服姿に少しドキドキする心臓を押さえる。

「早かったな。何だ、走ってきたのか」

「それを言うならキョンくんの方が早いじゃないか!…まさか来てないだろうと思ってゆっくり歩いてたらもういるしね。かなりびっくりしたよ」

「(こういう時には役に立つな)…それがSOS団の中じゃ、俺が一番ノロマなんだぜ。どんなに早く家を出ても、あいつらより早く着くことはない」

「ええ!?皆早いなー…」

SOS団の他のメンバーというのは、かなり熱心な方々と見た。日曜にフィールドワーク的なことをやって、毎日放課後はタダでおいしい紅茶を飲んでいると聞いたことがある。何だかんだ文句を言ってはいるものの
キョンくんはやめないみたいだし、そんな多彩な活動が結構楽しいのかもしれない。今度見学させてもらおうか。

「で、今日はどこに行きたいとかあるのか?どこでもいいぞ。着いて行ってやる」

「ははっ、私は公園をぶらぶら散歩するだけでも十分だよ。学生はお金がないしね。キョンくんなんて特に消費半端ないんでしょう?」

一番最後に集まったメンバーにはもれなく、喫茶店で頼んだ他のメンバーの分をおごらなければならない、というルールがSOS団にはあるらしい。毎回出費の激しいキョンくんにそんなお金を使わせるわけにはいかないし、私も出来ればペットボトルにおにぎりといった
経費の少なさにとどめたい。…これは少々ケチりすぎかもしれないが。
キョンくんが私を少し泣きそうな顔をして見つめてくる。するといきなり私の顔の横に両手をつきぐっと顔を近づけてきた。私はびっくりして肩をすくめる。

「…凶暴です。お前本当に良いやつだよ。他に俺をそんなに気にしてくれるやつなんてどこ探してもいないんだろうな」

なるべく恋人に負担をかけたくないという思いはきっと誰もが抱く気持ちだ。…もちろん私もだ。
したいけど、と残念そうに呟き唇を引っ込めると、私の手をさりげなく握り歩き出した。その一瞬の出来事に私の心臓がばくばくと音を立てた。





























駅前をウィンドウショッピングしながら周りの人々に紛れて歩く。休日ということもあり結構なカップルの量だ。きゃぴきゃぴしながら彼氏の腕にまとわりついて離れない彼女と、そんな彼女に鼻の下伸ばしてデレデレしている彼氏の姿。
しかし私たちはというと、お互い手を握り合いつつも距離を取っているため、はたから見れば少し浮いている。
歩きながらどこか違和感を覚え始めた私は苦笑いしながら握る手に力を込める。

「あれ…道、間違った?ちょっとゲーセンの方まで戻ろうか」

目の前には女性用の洋服がずらりと並ぶ専門店。ぶらぶらとキョンくんに着いてきたらいつの間にかそういう店の並ぶ通りにまで出てしまっていた。どこに行きたいのか正直定かではないが女物ばかりのところに来たところで楽しくはないだろう。
しかし先ほどの言葉をきれいに無視して私を引っ張って店に入っていく。何だ、何か気になるものでも見つけたのか。キョンくんあなたは女じゃないでしょうに!

「お前にはこれが似合う」

「……え」

キョンくんの指し示す服、それは白いフリフリのレースのついたブラウスに、赤いリボン、黒いバラの刺繍が施してあるスカートだった。…ゴスロリ系じゃないか。私にはこれが似合うと?本気で言ってるのか。

「いやいやいや、私こういう細いのはね、似合わないの。それ以前に着られないでしょうよ、見てここのウエストの細さったらないわ」

「いや、そんなことはない。凶暴です、お前ほどの細さであれば十分着られるはずだ。ほら、着て来い」

べしっと押し付けられた3点セットを両手でガバッと受け止める。か、可愛い…だが私には到底似合わない類のものであることに間違いない。

「お客様、ご試着ですか?ご案内いたします」

にこやかに試着室へと案内する店員さんに苦笑いして頷くしかなかった。



「お客様、いかかですかー?…あ、すごいかわいいですね〜!とってもお似合いですよ!彼氏さん、彼女さんとても素敵ですよ!」

「あ、はいすいません。焔開けてもいい…………か」

店員と入れ違いに顔を出したキョンくんはポカンと口を開けて固まってしまった。や、やっぱり似合わなかったんだよ!そうだよ、着てる時から変だよな、私じゃやっぱダメなんだよな、って何度も思ってたんだよ!ああもう、結局私というやつは…

「可愛い。凶暴です、すごく可愛い」

今度は私がポカンと口を開ける番だった。可愛い?この私が?似合わない服を着て?ちょっと待て、お世辞だとしか言いようがないのだが。

「誰が世辞なんて言うか。俺は本心しか言わん。可愛いし、似合ってる」

そう言いながら靴を脱いで試着室へと入ってくると、人から見えない方へと私をはじに押しやり腰に腕を回した。

「ちょっ、ちょっとまずいよさすがに!店員さん来ちゃうよ」

「大丈夫だ」

優しい声で囁かれ、私の制止は意味をなさなかった。後頭部を押さえられ顔を近づけられると唇が重ねられた。普段はあまり出来ないし、お互いあまりしようとしないキス。内心かなり焦ってはいたが、それ以上にキョンくんからの愛情はとてもうれしかった。
その思いを受け止める証に私も彼の背中に手を回す。似合わないとずっと避けてきていた華やかな服を、私は少し好きになれた気がした。


























「今度は私がキョンくんに似合う服を探してきてあげるね。実は少し着せたいものとかあったんだよ」

喫茶店でココアをすすりながら向かいに座るキョンくんに言う。私が一方的にこんなことされても不公平なわけなので、キョンくんを私も着せ替えてみようと思ったのだ。何でも似合いそうだけどねえ。

「大してあるとは思えん。俺は自分に一番似合うのは北高の制服ただ一つだと思っている」

「それはただいつも着慣れてるからでしょ」

そうかもしれないな、とコーヒーを一口すする。コーヒーのいい香りに目を細めながら、ふと先ほどからの疑問を口にする。

「キョンくん。あれ、あの服。いつ見つけたの?あの反応の仕方今日初めて来たって感じじゃなかったよね、明らかに」

「ぐほっ…!」

ソーサーにあふれたコーヒーの海。うわ、とか言いながら慌ててキョンくんは紙に手を伸ばし気まずそうな顔をした。

「別にいつだっていいじゃないか」

「…キョンくんってああいうのが女の子のファッションの中での趣味なんだ?朝比奈さんのメイド服とかに影響されたのかね、そうだろうねきっと」

わざとすねるふりをしてキョンくんを見据える。朝比奈さん、名前使ってしまってごめんなさい。今度近所にできた新しいお店の紅茶をお詫びとしてプレゼントさせてください。お家まで持っていきます。

「なっ、どうしてそこで朝比奈さんが出てくんだ。全く以て関係がない。大体メイド服はゴスロリじゃなくてコスプレの部類だからな。根本的に違う」

眉間にしわを寄せかなり不快そうな顔をする。キレさせてしまったようだ。
彼は軽く咳払いをすると続けた。

「テストが始まる少し前に、たまたま親に頼まれて妹と買い物をしてる途中に見つけたんだよ。…まあ入るのにはかなり勇気がいったから遠目で眺めるだけにしておいたが」

2週間くらい前から…ということか。親に頼まれて買い物というところからして何だかキョンくんらしいなと思わず笑ってしまった。

「何笑ってんだ。答えてやったんだからな。コーヒーの一杯くらいおごってほしいもんだ」

「あはは、別にいいよ!」

「冗談だ。今日は俺がおごる」

「え、いいよ。自分のは自分で払うから!それより、話してくれてありがとうね」

日が落ちそうになる空を窓から眺める。急ぎ足で帰っていく人、仕事帰りの人、学生など、様々な人が通り過ぎていった。私たちもまた明日からそんな日常に戻っていく。

「…今度は遠出しような」

うん、とうなずいてコップに少し残ったココアを一気に飲みほした。溶けきれなかった粉末が、恋茶色となってコップの底に残った。
















おわれ


うちの近所のゴスロリ専門店がつぶれてしまいました(泣)
駄文失礼。

2012.10.13
 

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