【短編】

□朝の学校で
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長い上り坂をいつものようにゆっくりと歩く。校門までたどり着くと、うっすらと額にかいた汗を手の甲で拭った。今日は雲ひとつ無い快晴だ。

「ふぅ。良い天気だ」

まだ校門が開いたばかりのためか登校する生徒もまばらで、ガラガラな昇降口に入ると少し優越感を感じた。
きっと自分のクラスでまだ来てる人はいない。ついに一番乗りで教室に踏み込む日がこようとは。ルンルン気分で階段をかけあがり自分の教室へ足早に進む。ガラガラとドアを開ければ案の定誰もいな…

いや、いた。

こげ茶色の髪の後頭部に頬杖をついて窓の外を向いている。しかし私に気づいていないのか振り向く気配はない。そーっと近づいて彼の前の席に座って顔を覗いてみると…。

…寝ていた。

「…………」

普段は見せない子どものような寝顔に思わず頬が緩む。可愛いなあ。こう見ると意外とまつ毛が長い。頬にあてられた手も指が長くて綺麗だ。規則正しい寝息にこちらも段々と眠くなってきた。
その時ゆっくりとその目が開いた。私の存在に気づくと驚いた顔をして固まった。

「っ凶暴です…!いつからそこに…!」

しまった、と思いながら苦笑い。私も目のやり所に困り目を泳がせながら慌てて自分の席に戻る。しかし隣の席だから距離は変わらない。何とも意味のない行動だった。

「さっきだよ。ついさっき」

視線を合わせないように自分の鞄からおおげさに教科書を出しては引き出しにしまう。その間もキョンくんから厳しい視線が飛び続ける。

「…見たのか」

え?と振り向くと、眉を寄せて焦ったような顔をしている。見た?見たとはどういう意味…もしや寝顔のことか。そんなに焦ることじゃないと思うのだが。可愛かったし!

「あはは、嫌だな。そんな顔しなくても…。見てないよ!てか見えちゃったんだよ。ほんの一瞬!でもすぐ起きちゃったから」

「結局見たんじゃないか」

ギロリと音がしそうな勢いで睨まれた。うっ。

「ごめんよ…。でもだからって怒らないでよ。せっかく可愛かったんだから!」

「…悪意を感じる」

「そんなことはない」

何となく沈黙が続くのが嫌だったので多少汚くなっている黒板が気になって綺麗ににしようと思い席を立つ。昨日の日直はさぼり決定だ。今日の日直の名前も書き換えていないじゃないか。

「ってキョンくん昨日の日直じゃない」

「ん、昨日の日直?黒板は確か…ああ俺か」

ああ俺か、なんて気の抜けたような返事をして一緒に黒板を消し始める。距離の近さに微かに頬を熱くさせながらさりげなく距離を取る。
沈黙を破ったのはキョンくんだった。

「その…昨日の留守電…だが、突っ込み所が何かと多くてだな」

ギクリと肩がこわばった。…当然聞かれることだと来るときから覚悟はしていたがまさかこのタイミングとは。うむ、しかしちゃんと答えねばなるまい。恥ずかしくても覚悟を決める。

「一番気になってんのが…最後叫んだ意味」

あ、それはそうだよね、いきなりで驚いたよね。

「…はい、それ…は、何となくで…特に深い意味は…嘘です嘘です。何か恥ずかしかったからドキドキを抑えようと思って勢いで叫んじゃったんです!」

途中不審そうに眉を寄せて私を見つめてきたものだから焦った。

「…へえ。じゃあ大好きだ、の意味は」

そ、それを聞いてくるのか!好きの意味なんて一つ…いや二つくらいはあるか。しかしあの状況で好き、は聞かずとも自ずとラブの方だと分かるだろう!
上の方の黒板を消す振りをしてさりげなくキョンくんを睨みつけてみると、バチッと目があってしまった。な、こっちを見るな。

「ん?で、どうなんだ」

「…だからそれはそのままの意味ですよ」

「分からん。そもそもその言葉は俺の言ったことに対する返事ってことで受け取って良いんだよな?」

『好きだ』

電話越しに言われた言葉が再生された。いつ思い出しても顔が火照る。そして言った本人が今目の前にいるというわけだ。心臓がバクバクと音を立てる。

「う、うん。もちろんそう。…つまり、友達として…」

「焔お前それどういう…!」

カーンッと黒板消しがチョーク置き場のレールにぶつかる音が鳴り響く。キョンくんは眉を寄せ目を細めて私を鋭い視線で見つめる。
嫌だな、まだ私言いかけじゃないのさ…

「いや、待って待って!最後まで話を聞いて!友達としてじゃなくて、一人の…だ、男性として、好きという意味です、と言いたかったの」

「…………」

はあ、と深いため息を吐いて苦笑いをしながら私を見つめる。さっきとは違いひどく安心したような表情をしていた。

「紛らわしい言い方をするな。心臓に悪い」

黒板は粉一つ残らずとても綺麗になっていた。キョンくんは黒板消しを置くと私に近づき、ゆっくりと手を伸ばした。その手は遠慮がちに私の頭にポンと置かれる。力が入っていたので頭が少しぐらついた。

「…嬉しいよ。俺も大好きだ」

そう言いながら優しく頭をなでてくれた。キョンくんにこんなに優しく触れてもらったり優しい言葉をかけられたりしたことなんてなかった。意味もなくふざけ合ったり反発し合ったりした今までが嘘のようだ。
だからとても嬉しい。こんな日が来るとは思いもしなかった。一人にやけてしまう顔を見られまいと手で覆う。頬が熱かった。
ちらりと時計を見る。まだ来てから15分しか経っていない。
そう言えば、キョンくんは何故こんなに早く来ていたのだろうか。

「別に理由はない」

顔を背ける彼を見てすぐにごまかそうとしていることが分かった。そうはさせまい。私が答えた分今度はキョンくんに答えてもらわねば。さあ答えるのだ。
そんな私の様子を見て少し目を泳がせた後、諦めたのか口を開く。

「…夢で凶暴ですに呼ばれた気がしたんだよ。早く面見せろって」

「え…」

夢?夢に私が出てきたのか。

「いや、信じろとは言わないさ。所詮夢だ。けど確かに、制服姿で椅子に座ったお前が俺を見つめて微妙な…少し寂しそうな顔しててな」

キョンくんはチョークのついた手をパンパンと軽く払いながら苦笑いをする。

それを見た瞬間、こんな顔させたのは俺のせいだと思ってね。先に着いて出迎えてやるのは俺だって直感したんだ。だから今日は、いつも以上に早く目を覚まし、いつも以上に早く、凶暴ですよりも早く学校に来たという訳だ。

「……………………すごい」

驚いた。そんなに深い意味があったなんて誰が想像するか。つまり夢からのお告げだ。…現実に起こり得ることだったのか。しかもその告げ主はまさかの私である。制服姿で椅子に座って不満気な顔って…何という乙女な伝え方だろう。
私なんて、私が今日早く学校来ちゃった理由なんて…

「で、早く来ちまったのはあともう一人いるみたいだが」

横目でちら見されて思わず目を逸らす。私です。私ですよ。しかしあなたの素晴らしい夢の話をされた後では私の話など浮くに決まっているのだ。

「…実は緊張して眠れなかった上に早く起きちゃってね…こういうの初めてだったし」

こういうのってどういうのだ。
すかさずツッコミが入る。

「だからそのー…、つ、付き合うことが」

「ぶふっ」

思いきり吹かれた。

「な、何吹き出してるんだ!理由はアレだけど、し、真剣に言ったというのに…」

「すまんすまん。いやしかし凶暴ですにも可愛い所があると思っただけだ。それを聞けて安心したよ。俺以外の理由だったらって結構不安だったからな」

近づいて、両腕を私の背に回し軽く抱きしめる。かすかにキョンくんの匂いがして安心感に包まれた。頭を撫でてくれる手つきもひどく優しいものだった。


私はキョンくんを恋人と言えることに誇りを持っている。あの時の電話での告白は一生の宝物だ。絶対に忘れない、いや忘れられない。だから、彼にとっても彼の一生の中でも最高の恋人となれるように私なりに頑張る。頑張るという言い方はおかしいかもしれないが、彼をもっと知っていきたいと思った。
そして女子力もあげたい。もうちょっと可愛げのある女子になれたらな…。

「やばい!もう誰かくる!てか足音聞こえてる。席戻ろうか」

「もうそんな時間か。…おい、そんなに慌てる必要あるのか」

ばっと腕から逃れた瞬間の情けない寂しそうなキョンくんの顔もきっと一生忘れない。

















おわれ




勢いで書いたから変だ…な。

2012.9.23

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