【短編】

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※駄目元でもやってみなけりゃ分からない【凶暴です視点】




グラウンドで部活をやっている連中を横目に足早で校門をくぐる。放課後になると昨日の出来事が自然と思い出されてダークな気分になった。学校にいたくない、近くにいたくないという気持ちに襲われて気づけば走り出していた。

「ただいま」

家にはまだ誰もいなかった。呼吸を整えてゆっくり靴を脱ぐ。リビングに入って冷蔵庫へ直行し、お茶をラッパ飲みした。家の中に響く音は時計の針の動く音だけ。空になったペットボトルを潰してゴミ箱に投げ入れる。見事に外した。そして椅子に座って休み時間みたいに机に突っ伏した。

『文句ならお前のくじ運に言ってくれ』

まあ、確かに。と思ってしまった自分を思い出す。それを言うならばキョンくん、君のくじ運も中々のものだぞ。

『その…何かあったのか』

何か大ありだったよ。実は君の親友に昨日ふられてしまってね。ざまあないでしょう。…本当はそう言ってしまいたかった。

『今回だけだ』

いつものぶっきらぼうさは残るけれど、どこか優しさを含んだその言い方に実はドキドキしてたってことは秘密だ。わざわざ私に代わってコピーをとってきてくれた…その事実だけでもう胸がいっぱいだったな。いつもと違う、優しく接してくれたキョンくんを前に何度も本音を言ってしまおうか迷った。私のこと何も知らないくせに、無駄に空気を読んじゃって、親切にしてくれて…もう、こっちは慰めてもらってるとしか思えなかったんだけど。

「もー。キョンくんのせいで…っ」

グレーのセーターが湿っていく。段々鼻がつんとしてくるのを感じながらずずっと鼻水をすすった。そう、これはあくまでキョンくんのせいなのだ。彼がいつもみたいなつっけんどんな態度でいてくれたならば私はそれだけで、ああ、日常だな、と思えたはずなのだ。昨日のことをすぐに忘れることも出来たはずなのだ。それなのに…彼ときたら。

バースデーだった〜♪私たちには〜♪

ポケットにしまった携帯の着うたが静かなリビングに鳴り響く。悪いけど出る気になれない。ごめんね。誰だか分かんないけどかけてきた人。それにしても今時電話してくる人って珍しいな。普通メールじゃないのかい、メール。時代に乗り遅れてる感が…そこで私はポケットの中をまさぐり所々擦り剝けた携帯を開いた。…やっぱり、と思った時にはまた涙が溢れてきたのでセーターの袖でゴシゴシと拭い、思い切って通話ボタンを押した。

「その…今時間平気か?」

これはまた珍しく電話をかけてきたのはキョンくんであった。泣いていたことがばれないように努めて明るい声で応答する。大丈夫、彼は鈍いところあるから気付かれていない。こう見えて人をだますのは上手な方だ。

「……昨日のこと、古泉から聞いたんだが」

そっか…古泉くん、言ったのか。意外と口が軽い。でも彼は必要のないことは言わないとキョンくんから聞いたことがあった。たまに冗談は言うらしいけれど。…何考えてるんだか。

キョンくんは古泉くんのいただけなさをつらつらと並べて私に言う。何だろう、おそらく慰めモードに入っている。でも、趣味を疑うというのはどうかと思う。古泉くんは素晴らしい人なのに。苦笑い交じりにテーブルに並んだ醤油さしをもてあそぶ。

「うん…うん。そうだね。彼はちょっと謎が多いよね。でもそんなところが良かったな。ミステリアス?っていうのかね。だから彼について知りたい、近くに居たい、と思うたびに…」

「その先は言わんでいい。そろそろ俺も限界きちまう」

…限界ってなんだ、限界って。そんなに古泉くんが好きでないのかこいつは。まあ、ノロケとよろしく思わない人間をほめることほどつまらないことはないだろう。私もそう思う。そしてまた一度、鼻水をずずっとすすった。

「一度しか言わねえからよく聞けよ。まあ、笑いたかったら笑っても良いが」


「…ん?」

何だろうか。笑ってもいいということは笑うような話なのか。私は相変わらず醤油さしに意識を集中しつつ次の言葉を待った。


「好きだ」


醤油さしをひっくり返す音が部屋に響き渡った。今、キョンくんは何と言った。好き、と言ったか。空耳…か?目を左右に泳がせながら醤油さしを起こす。入っている量が少なかったおかげで、大量にこぼさずに済んだ。キョンくんは黙っている。本当に一度しか言うつもりはなさそうだ。私の回答を待っている。何か言わなきゃ、言わなきゃ…。でも適当なことは言いたくない。

「…笑えないよ全然。キョンくんかっこよすぎて。最強だね、まったく」

私がまだ古泉くんを諦められないのを知って告白してくるキョンくんは…キョンくんに限らずそういう人たちは皆かっこいいと思う。それでも俺は、私は、という精神を私は尊敬する。だからキョンくんはかっこいい。最強なのだ。言いながらまた涙が一筋頬を伝う。こんなに泣くのは久しぶりかもしれない。クラ○ドアフター18話を見て以来だ。

「そうだ。俺は最強なんだ。私の愛馬はを困らせる原因の、な」

正直なところ、このコメントの意味は分からなかったが悪い意味ではないということだけは直感で分かった。それは、コピーを渡してくれた時と同じくらい優しい声だったからである。



夜、自室のベッドで音楽を聴きながら先ほどの電話の内容を思い出していた。好きだ、と言われた時に立った鳥肌や心臓の高鳴り。携帯を握りしめる手にかいた汗。これをもし。もしも谷口くんに言われたとしてどう思うか。…色んな女子に同じこと言ってそうだ。じゃあ、もうあり得ないが古泉くんに言われたとしたら?それはそれで嬉しがると思う。ずっと好きでいた相手だ。告白されて嫌な思いになるなどあるはずがない。しかし一度ふられた身だ。付き合いたい、と思うだろうか。彼は人気者だ。一歩歩けば歓声の上がるイケメンさだ。こうして冷静に考えると、そんな彼に私はついていけるのかと疑問に思う。おそらく答えはノーだ。嫉妬のしっぱなしで私が壊れていく気がする。また他の女子生徒からの視線にも耐えられなくなることだろう。

キョンくんは、と考える。いや、考える時間はいらない。彼は…

ヘッドホンを取り外して携帯を耳に当てる。何度目かのコールで出る気配がして口を開きかける。しかし出たのは留守電のお姉さんだった。直接言いたい。がしかし私は留守電という機能を最大限生かすことに決めた。そして大きく息を吸い込んだ。


「私も好きだ!キョンくんが大好きだー!」


彼は、私が誰かを好きでいても私を好きでいてくれる最強の男だからである。




おわれ


醤油さしがすべてを台無しにしているという


2012.8.27

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