【短編】

□駄目元でもやってみなけりゃ分からない
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この世に報われることなんて、あるのかね。いや、私の辞書の中には、『報われる』なんて言葉は存在しない。思い通りになることなど、ほんのわずか。
勉強もうまくいかなければ、部活もうまくいかない。…そして恋愛も。

『すみません。僕はあなたのことをそういう関係として考えたことはありませんので』

彼の言葉が思い返される。温和な外見のくせに、言う時は言う男だということをその時初めて理解した。まぁそうか。私みたいな地味な女に好きだと言われてオーケーする奴がいたら見てみたい。それくらい私には魅力がない。自分でも分かっていることだった。けれど、彼が好きだという気持ちを抑えることが出来ず、告白してしまった。それがつい昨日の出来事だった。

「正直きついなー…」

「太ってついに服がきつくなったか」

「はあ…隣の席に君がいることに正直きついと思ってたんだよ」

「悪かったな。文句ならお前のくじ運に言ってくれ」

「…はあ」

騒がしい朝が、今日もやってきた。



一時限目も終わり、休み時間になった。眠くなりながらも授業はしっかり起きる主義の私にとって休み時間は睡眠時間になる。が、その貴重な居眠りを阻止してきた奴がいた。

「今日はため息ばっかりついてるな。その…何かあったのか」

いつもは話しかけて来ず、窓の外を見て何考えてるか分からない表情しながらぼーっとしているキョンくんに何だと思いつつ体を起こすとそんな言葉をかけられた。珍しいなと目をパチパチとしていると眉を寄せられ「何だ」と不審な顔をされる。いや、そういう顔をしたいのは私の方だ。

「キョンくんが人の心配するなんてレアなところを見てしまったなー。熱でもあるのかい?」

からかい口調で言ってみる。とりあえず次の時間の準備をしておこうと机から教科書を探る。あれ…ロッカーに入れたんだっけか?

「…熱なんてないさ。今日たまたま計ってきたんだが、何と平熱以下だったぞ。珍しいこともあるもんだ」

「あーそうなの。て言うか何故今日計ったんだ…ちょっとロッカー行ってくる」

「…相変わらずマイペースな奴だな」

キョンくんがそう呟いていたいたことに私は気づくはずもなく、すたすたと廊下に出た。
廊下にはたくさんの生徒がいたが、あの人の姿を見つけるのにはそう時間はかからなかった。こちらに向かってくる彼をしばらく足を止めて見つめる。やがて視線に気づきこちらを向こうとする瞬間に私は教室へと引き返していた。早打ちする心臓にぐっと拳を当てながら。やはり気まずい。こういうことになるのも想定内だったはずなのに、現実はそううまくいかないようだ。

「随分と早かったな…ってお前手ぶらじゃないか。教科書はどうした」

「いやぁ…ロッカーの鍵忘れちゃってさ。もうしょうがないからなしで受ける」

「……」

は〜とまた深い息を吐いて机に突っ伏した。鍵はもちろん持っていた。しかし…授業中に教科書を忘れるのは久しぶりだな。その時ガタッと隣で椅子を引く音がした。キョンくんがどこかへ行ったのだろうとまどろみの中で考えながら、残りの休み時間を睡眠に費やす。
やがて数分が経ち頭上から声が降ってきた。

「おい」

「…ん、キョンくんどうし」

「今回だけだ」

頭にふわりと落とされた白黒の紙。それは教科書のコピーであった。夢かと思った。キョンくんやっぱり熱があるとしか思えない。普段の彼を知っている奴からしたらきっと気持ち悪いと思うんじゃないだろうか。実際私は今鳥肌が立ちまくっている。今日のキョンくんは、人の心配をしたり、わざわざコピーしに行ってくれたり、優しすぎる。

「あ、ありがとう…今日のキョンくんは気持ち悪いくらい優しいんだねぇ」

「気持ち悪いは余計だ」

キョンくんはやれやれとため息を吐きながら自分の席に戻っていった。渡されたコピーをじっと眺めて、鞄から財布を取り出す。10円玉不足中だったけど何とか間に合った。キョンくんを呼んで手の上に乗せる。キョンくんは最初いらねえの一点張りだったけど、押し付ける形で無理矢理渡したら受け取ってくれた。

「私の愛馬は、お前って実は律儀な奴だったのか」

棒読みで言われた。失礼だな。私にだってマナーくらいはある。借りたものは返す。いつも思うのだが、キョンくんは私を馬鹿にしすぎている。これでもキョンくんよりは礼儀を知ってると思う。思いたい。

そして、授業終了のチャイムが鳴り終わり皆が思い思いの時間を過ごす放課後。部活のない私は鞄を持ってさっさと教室を出た。











普段程の張り合いのないあいつは見ていてそう気持ちのいいものではなかった。何かあったに違いない。そうは思っても中々切り出すことも出来ず放課後を迎えてしまった。隣にいたはずの私の愛馬はの席はもう既に空席になっていて、帰る速さだけは変わらないなと思わず苦笑する。しょうがない。後で電話でもしてみるか。滅多にいじらない機能だが。そう胸に誓った瞬間ブレザーを思いきり引っ張られ体が反転する。いつもの怒ってんのか嬉しがってんのか分からない表情のハルヒのドアップが、俺の視界を占領した。

部活とも言えん活動をしに毎回毎回ここに足を運ぶ俺は、結局古泉とボードゲームに励むことしか出来ないでいた。相変わらず負け続きの古泉に違うゲームに変えようと提案したところで俺はその話を聞くことになる。

お茶を一口啜り、古泉はいつもの気持ち悪い笑顔を貼りつけてしゃべりだす。

「実は昨日、あなたのクラスの私の愛馬はさんに告白されました」

俺は背筋が凍った気がした。告白…だと?あいつが古泉に?へ、へえ。こいつのどこをどう見て気に入ったか知らんが、結局私の愛馬はもミーハーだったってことか。はぁ、とわざとらしくため息を吐く。しかしそんな俺の思いとは別に湯呑を持つ手には力が入る。

「前に一度、話したことがありましてね。どうやらその時かららしく。残念ながら断らせて頂きました。可哀そうなことをしてしまったと思っています」

何が可哀そう、だ。

「…口だけだろ。今までそう言って何人の女を切り捨ててきた」

そう言い放ちつつもどこかほっとしている俺がいた。しかし内心穏やかではなかった。昨日古泉に告白して断られた…あいつが今日ため息ばかりでブロークンハートしていた原因としてそれは大いに考えられる。俺には詳しくは分からないが、恋する女子の心は繊細と聞いたことがある。そうか、あいつも一応例外ではなかったということか。

「これでも本当に申し訳なく思っているんですよ。私の愛馬はさんは確かに魅力的な方だと思います。けれど僕は基本的に女性に興味はありませんのでね。いえ、誤解しないでください。だからと言って同性愛に目覚めているわけではありませんよ」

そんなこと一言も言っとらんだろ。

俺は湯呑の中のお茶を全て飲み干すと朝比奈さんにごちそう様です、と一言言い残し席を立った。「もうお帰りですか?」と言う古泉を無視し中央でパソコンをいじるのに夢中になっている団長様に早退すると告げた。あっさりと許可してくれたことに少々感謝しつつ俺は鞄を持って部室を出た。

外に出て、ズボンのポケットから滅多に使わない携帯電話を取り出す。必要最低限の人数のアドレスしか入っていない情報量に乏しいそれを開くと、一人だけフォルダを別にして入れてあるそいつの電話番号を、少し考えてから押した。

「もしもし。どうした?珍しいね」

セブンコールくらいで出た私の愛馬ははいつもと同じ調子だった。急な坂道を下りながら俺はわずかに眉をひそめる。あくまで隠し通すってやつか。悪いな、でもバレバレなんだよ。お前の涙声。

「まあな。携帯どこにあるか大分探しちまったぜ」

ははっ、私にとっちゃあり得ない話だよと力なく笑った。携帯依存症だもんな。

「その…今時間平気か?」

「うん。大丈夫」

「そうか。……昨日のこと、古泉から聞いたんだが」

「……あー、聞いちゃったか。そういえば部活同じだったね」

「よりにもよって古泉たあ、趣味を疑うね。中身最悪だぞ。何考えてるか分かんねえ、小難しい話し方はする、本気なのか冗談なのか紛らわしい」

「うん…うん。そうだね。彼はちょっと謎が多いよね。でもそんなところが良かったな。ミステリアス?っていうのかね。だから彼について知りたい、近くに居たい、と思うたびに…」

「その先は言わんでいい。そろそろ俺も限界きちまう」

はっと息を呑む私の愛馬は。俺は駅前の公園に着くと、誰もいない公園のベンチに腰を下ろす。人っ子一人いない。まるで空気を読んでくれているかのように、風が吹き抜けていくだけだった。

「一度しか言わねえからよく聞けよ。まあ、笑いたかったら笑っても良いが」

「…ん?」

こいつはどんな反応をするのだろうか。突っかかってばかりで口を開けばお互いけなし合いの日々。だけど良いダチであることには変わりなかった。今のその関係を継続させることはもしかしたら出来ないかもしれん。結果は分かりきっている。そんなもん百も承知だ。それでも俺はゆっくり息を吸い込むと、携帯をギュっと握り口を開いた。

「好きだ」

私の愛馬はからの返事はなかった。笑いもしなければからかったりもしない。ただ沈黙が続く。でも俺はそれで落ち込んだりはしない。何故かって、私の愛馬はの心のダメージの方がはるかに大きいはずだったからだ。

「…笑えないよ全然。キョンくんかっこよすぎて。最強だね、まったく」

しばらくして聞こえてきた声は、涙声でぐちゃぐちゃだった。

「そうだ。俺は最強なんだ。私の愛馬はを困らせる原因の、な」







その日の夜、風呂から上がってベッドにダイブすると、机に置いてある携帯が光っているのが見えた。頭の中を?で埋め尽くしつつ、携帯を開く。

私の愛馬はから留守電が入っていた。再生ボタンを押し耳に押し当てる。すると、いきなりでかい声が部屋中に響き渡った。

「私も好きだ!キョンくんが大好きだー!」

この留守電は絶対に消去すまいと決めるのに時間はかからなかった。





おわれ

主人公の不安定さェ…

2012.8.26
 

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